第74話 行き場のない謝罪

行きついた先は森だった。


そう。

かつて魔王軍が根城にしていたという森。

デイリアが使っていたはずの森。


ピノを抱えた赤い面が止まった。

そこには、大勢の赤い面の軍勢。

そして、その真ん中には小さな影が一人。

イリオスがいた。


「やあ、アリシヤ」


イリオスは笑顔で言った。

それですらアリシヤを苛立たせる。


「何が目的だ…」


アリシヤは低く問う。

イリオスが目を見開く。


「アリシヤもそんな顔をするんだね」

「何が目的なんだ…⁉」


アリシヤの叫びにイリオスが表情を歪める。


「復讐だよ」

「復讐?」

「そうだ。デイリアを迫害したこの国を。この国の住人を。アリシヤを。皆皆、同じ目に合わせてやる」


イリオスの青い目が暗く淀む。

だが、アリシヤはひるまない。

いや、それどころか腹から沸き上がる黒いものを感じていた。


「同じ目に…?」

「そう、そうだよ!デイリアはボクに名前をくれた!光を教えてくれた!それなのに、皆皆悪い奴って言うんだ!ボクにとっては教会の奴や、勇者それからアリシヤなんかが悪い奴なのに!酷いよね!だったらみんなひどい目に会えばいいんだ!それが僕の望んだことなんだ!」


アリシヤの中で何かが切れた。

足を踏み出す。


まずはピノの救出。


アリシヤはためらいなく、ピノを人質に取った赤い面を突き刺した。

ピノを救い出す。


「お姉ちゃん…?」


ピノの戸惑った声。

今はそれすら聞こえない。


「英雄様!勝手な行動は―」


ソーリドが何人か兵を連れてやってきた。

よかった。

アリシヤはピノを抱え、兵の一人に彼女を渡す。


「彼女を安全な所へ」


アリシヤが強く睨むと、兵は頷いてピノを連れて走り出した。

赤い面の軍勢が動き出した。


斬って斬られを繰り返す。


ソーリドはやはり強い。

彼の周りの赤い面達は切り伏せられていく。


イリオスはそれを眺めている。


よく見れば足が震えている。

それもそのはずだ。

イリオスは教会の中でしか育っていない。

本当の戦闘なんて見るのは初めてなのだろう。


アリシヤは、そう気づいた。


次の瞬間、アリシヤはイリオスのもとへ走り出した。

イリオスのあたりの赤い面は不思議と彼を守らない。

不審に思いながらも剣を高く掲げた。


「あ、アリシヤ…いやだ!死にたくないっ!!」


イリオスの叫び声を聞きながら、アリシヤは剣を止め、そして、イリオスの右手首を握った。


「え」


イリオスの戸惑う声を無視し、そのまま駆け出す。

途中何度もこけそうになったイリオス。

だが、そんなことは気にしない。


「アリシヤ⁉何!?なんなの⁉」


アリシヤは何も答えない。

そして、そのまま村へ戻る。


村では、兵と赤い面が戦っていた。


「イリオス…」


アリシヤは低く声を放つ。


目の前に広がるのは、黒く焼けた家。

転がる死体。

絶望に打ちひしがれる人。


「これが、あなたの望んだこと?」


イリオスは声を出さない。

アリシヤは続ける。


「これが、あなたの望んだことなのか⁉答えろ!イリオス!!」


二人の間に沈黙が訪れる。


兵の叫び声が聞こえる。

住民は肩を寄せ合って涙を流し震えている。

血の匂いが、焦げ臭い街が燃える匂いがあたりを満たす。


「…知らない」


イリオスがぽつりと呟いた。


「この臭いは何?この色は何?この声は何⁉ボクは…僕は知らない!こんなの知らない!!」


悲鳴のように響くイリオスの叫び。

イリオスは耳を塞ぎ、目を閉じる。

だが、アリシヤはその耳を塞いだ手を無理やり引きはがす。


「イリオス!見て!聞いて!これが、あなたが望んだこと⁉」


アリシヤは再び強く問う。

イリオスの大きな瞳から涙がこぼれる。


「…違う。ボク。こんなの…望んでない。こんな怖いこと知らない!ヤダ!イヤだぁぁぁ!」


イリオスの声が鈍色の空に高く響いた。


***


「敵兵、殲滅しました」


兵の乾いた声で戦いは終わりを告げた。

その頃には、アリシヤは身体中を返り血で染めていた。

ソーリドが兵たちに指示を出していく。


兵の半分はこの村に残り、村人を保護する部隊が来るまで彼らを守るようだ。


アリシヤは震える住民をぼんやりと見やる。


村民の半分以上の命は奪われてしまった。

住民の中から一人の初老の男性が、アリシヤの前に立つ。


「私のことを覚えていらっしゃいますか?」


彼の問いに、アリシヤは頷く。

以前この村での一件で関わった。

この村の村長であり、ペルラの祖父・ナーヴェだ。


「再びこの村を助けていただきありがとうございます」


ナーヴェはそう言ってアリシヤに頭を下げた。

アリシヤの喉が締まる。


助けた?本当に?


アリシヤの目が左右に動く。


見えるのは重なった死体と血だまり。


「ごめんなさい…」


アリシヤの口から絞り出すような声が出た。


救えなかった。

あまりにも救えなかった命が多すぎる。


辺りを見渡したアリシヤはある一点で固まる。


ピノがペルラの死体に縋りついている。

涙を流し、ペルラを揺さぶる。

もう、答えることがないその死体に。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…」


気づけばそう繰り返していた。

ナーヴェが首を横に振った。


「君のせいじゃない」

「ごめんなさい…ごめんなさい」


アリシヤは壊れたように何度も言った。


「どうして…この世界からはこんなむごいことを繰り返すのだろうな」


ナ―ヴェは疲れたように呟いた。

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