第72話 エルバ襲撃の知らせ

春も近づいてきたとはいえ、まだ寒い。


アリシヤは昼食を中庭でなく、いつもの図書室横の休憩室で取っていた。

いつもなら来るはずの彼女はまた来ない。


アリシヤはため息をつく。


前回、オルキデアの前でロセと別れて以来、まともに口を聞けていないのだ。


ロセを見かけて話しかけようとすると避けられる。

最近、事務作業より訓練が多いのも一因であろう。


リベルタはアリシヤを一戦力として認めてくれたのだ。

それは嬉しいことでもあったが、ロセと話せないのは寂しいものだ。


ロセは何からアリシヤを守ろうとしてくれたのだろう。


ふと思う。


今のところヴィータから攻撃を仕掛けられることなどない。

タリスも陰口は叩かれながらもリベルタの右腕として今日も立派に勤めをこなしている。


アリシヤは窓の外を眺める。


ルーチェを殺したエーヌのことについて知るために王都に来た。

だが、ここに来てから分からないことがさらに増えた。

フィアの事、デイリアの事、ロセの事。そして、エレフセリアという人物の事。

そのほかいろいろ。


アリシヤは感慨にふける。


ルーチェが教えてくれようとしていた真実とはいったい何だったのだろう。


「アリシヤ」


顔を上げる。

ラーゴだ。

急いで走ってきたのだろう。

息が切れている。


ラーゴの表情は硬い。


「アウトリタ様がお呼びだ」

「え」

「緊急だ。すぐ来てくれ」


***


政務室の正面の大きな机の向こうにアウトリタが座っている。

その机の隣にソーリドが控えている。

更にとなりに見慣れぬ人物がいた。


商人風のいでたちで、衣服はボロボロ。

怪我をしている。


「アリシヤ、ただいま参りました」


アリシヤは一礼して、政務室に足を踏み入れる。

アウトリタはそれを確認すると告げた。


「エルバの村がエーヌの民に襲われたという情報が入った」


アリシヤは息を呑んだ。


エルバの村。

自分が初めて仕事に行った村。

そして、大切な人たちのいる村。


真っ先にピノの明るい笑顔が浮かんだ。


アウトリタは続ける。


「そのエーヌの民を先導しているのが、チッタの記録師だという」

「え」


アリシヤは思わず声を上げた。


チッタの記録師。

それはイリオスのことだ。

どうしてイリオスがエーヌに加担しているのだ?


アウトリタは動揺するアリシヤを一瞥して言葉を重ねる。


「この商人がそれを伝えるようにここに使わされた。相手の目的はアリシヤ。お前だ」

「―」


アリシヤは言葉を失った。気づいたのだ。


イリオスは、デイリアを殺したアリシヤを憎んでいる。

だからだ。だから、エーヌに加勢したのだ。


「アリシヤ。今からエルバの村へ向かえ」

「かしこまりました」


アウトリタの言葉に深く頷いた。


デイリアの言葉を思い出す。

『イリオスを頼む』と。

イリオスを止めるのは自分だ。


アリシヤは強くこぶしを握り締めた。


「ただし余計なことはするな」


アウトリタの声にアリシヤははっと顔を上げる。


「余計なこと…とは?」

「アリシヤ。お前はあくまで敵の囮。自らを危険にさらすな。エーヌの排除、それは軍部の仕事だ」

「…」


答えかねるアリシヤをアウトリタは睨む。


「お前はリベルタの部下だ。我が国の兵ではない。だが、リベルタは私の部下だ。上司の言には従え」


アウトリタの言っていることはもっともだ。

アリシヤは言いたい言葉をぐっとこらえて、答える。


「かしこまりました」

「じゃあ、行きましょうか。英雄様」


ソーリドがにこりと微笑んだ。

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