第九章 再会

第71話 城内訓練

「じゃあ、行ってくるよ」

「お気をつけて」


アリシヤは、城門からリベルタ、タリスを見送る。

アリシヤは城中での訓練に戻った。


***


セレーノの婚約話が落ち着いて、数日もたたないうちの事であった。

フィア女王のもとに知らせが入った。


チッタの街がエーヌの民に襲われた。

そして、記録師が攫われたと。


アウトリタから知らせを聞いたリベルタが、アリシヤとタリスにそのことを伝えた。


「チッタの街は、ほぼ壊滅状態。記録師様の行方は分かっていない」


深刻な顔で告げるリベルタ。

事の重大さにアリシヤは息を呑む。


街の権力者であったインノが退いた後、まだ、今の権力者がついて間もない不安定な時期。

それを狙われたのだろうと、リベルタは言う。


「俺とタリスは、チッタの街に調査と慰問に向かう。アリシヤさんは、城に残ってくれ」

「え」


声を上げたのはアリシヤではなくタリスだ。


「どうしてですか?アリシヤちゃんは―」

「嫌な噂が流れてるんだ」


リベルタが苦々しく呟いた。


「赤の魔物がエーヌを連れてきたと」


アリシヤは、赤の悪魔であるデイリアを打ち破った。

だが、それは見せかけに過ぎなかったのだ。

本来の魔物はアリシヤであり、街を壊滅に導く魔物だったのだ、と。


「身勝手すぎるだろ…っ⁉」


タリスが声を荒げた。

アリシヤは、そんなタリスにどこか諦めをもって微笑みかける。


赤の物はそういう扱いを受けるのだ。

そういうものだ。


「タリスさん、大丈夫です」

「―」


言葉を詰まらせたタリス。

そのまま俯くとぽつりと言った。


「そんなこと笑いながら言うなよ」


返す言葉が浮かばなかった。


わずかな沈黙の後、リベルタが口を開く。


「…そんなわけだ。タリス、今からでも出発するぞ」

「分かりました」


リベルタの言葉にタリスは答えた。


***


「勝者、アリシヤ!」


審判の声にアリシヤはふっと息を吐いた。


場内で行われる訓練にアリシヤは参加していた。

トーナメント形式の一対一の勝負。

甲冑をつけた戦いにも慣れてきた。


アリシヤは上位まで上り詰めていた。

今は準決勝。

相手はラーゴだった。


倒れたラーゴにアリシヤは手を伸ばす。


「ラーゴさん、ありがとうございました」

「こっちこそ、ありがとな。アリシヤ!それにしてもお前、強いなぁ!」

「いえ、私なんかまだまだです」


謙遜ではなく正直な感想だ。

リベルタやタリス、それにルーチェを見てきたアリシヤ。


己はまだまだ弱い。

もっと強くなりたい。


次は決勝だ。この城内戦。

いつもはタリス、リベルタが決勝を行っている。

アリシヤはその前で、タリスやリベルタに負ける。


だが今日は違う。


アリシヤは客席をちらりと見る。


柔らかな黒のくせ毛。

優し気であり、どことなく胡散臭さが漂う笑み。

軍人の中でも上位の地位にいるソーリドだ。


アリシヤは、彼が苦手だった。

アリシヤを英雄だと持ち上げてくるからだ。


ソーリドが客席で立ち上がる。


「おや、英雄様と決勝戦ですか。これはありがたい」


そういいながらも、黒い瞳は笑っていない。

気がする。


苦手意識がそう見せているのかもしれない。

試合場に出てきたソーリドにアリシヤは礼をする。


「よろしくお願いします」

「こちらこそお手柔らかに。英雄様?」


差し出された手をアリシヤは握った。


ソーリドから放たれる斬撃をアリシヤは跳ね返す。

が、また次の一手がアリシヤを襲う。


速い。


ソーリドの剣に、リベルタのような重さはない。

タリスのように流れるような動きもない。

だが、ひたすらに速い。


「おやおや、英雄様。息が上がってきていますね」


余裕たっぷりにソーリドは言う。

一方アリシヤはそれにこたえることができない。

剣の動きを見定め跳ね返すのが手いっぱいだ。


ソーリドは口元に笑みを浮かべ続ける。


「英雄様。知っていますか?」


ソーリドが唐突に話を始める。


「どうしてあなたが英雄に成り得たかを」


含みのあるその言葉にぞっとした。


どうして?

それは、アリシヤがデイリアを殺したから。

そのはずだ。


だが、ソーリドの今の言葉だと、まるでアリシヤがその理由を知らないかのようだ。


他に何かあるのだろうか。


アリシヤの剣がわずかに鈍った。

首元に木刀の切っ先が突きつけられる。


「勝者、ソーリド様!」


審判の声に、歓声が上がる。


「ありがとうございました。英雄様」


ソーリドはにこりと笑った。

アリシヤは尋ねる。


「さっきの質問は…」

「ああ、あれはあなたの気をそらすための妄言です」

「へ?」


悪びれもせずソーリドは言う。


「こんな簡単な作戦に引っかかってはいけませんよ、英雄様」


アリシヤはぽかんとした。


いつもタリスやリベルタ、ルーチェを見ているため、敵を力で圧倒する戦いしか見てこなかった。


なるほど。

ソーリドのような戦い方もあるのか。


「勉強になりました」


アリシヤが頭を下げるとソーリドが声を上げて笑う。


「ソーリド様?」

「あはは。英雄様、あなたは素直でいい子ですねぇ」


あまり褒められていない気がする。

アリシヤの眉間に自然としわが寄った。


「機嫌を損ねたなら失礼。素直というのは美徳ですよ」

「はぁ」

「ぜひ、あなたと共に戦に出たいものです」


ソーリドはそう言って、休憩所に戻っていった。


なんだか調子が狂う。


アリシヤはソーリドの背を見送りながら、自らも休憩に入った。

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