第62話 カルパの噂
「噂の支配人って自称してるけど、ただの噂好きのジジイだから」
ラナ爺の部屋に転がるがれきに腰を下ろしタリスがため息をつく。
だが、アリシヤは驚いていた。
ラナ爺が披露したアリシヤについての噂。
それは膨大な量のものであった。
虚実入り乱れた噂話。
その恐ろしさにアリシヤは小さく震えた。
ラナ爺がけらけらと笑う。
「いいな。それだけ怯えてくれれば噂の集めがいもある」
タリスのきつい目線がラナ爺に飛ぶ。
「けっ、クソジジイが。若い女の子、来たからってはしゃぎやがって」
「だからと言って嘘は言ってないさ。最近流れる噂の多くはアリシヤ君のものだ」
アリシヤはがれきに座りながら膝を抱えた。
チッタでの出来事が頭にちらつき、思わず首を左右に振る。
ラナ爺がふっとアリシヤを向く。
「皆、赤が気になって仕方ない。可哀そうだが、君はそういう運命なのだろう」
「運命、ですか」
「そうだ。抗っても仕方ない。この国はそういう国だ」
ラナ爺の言葉にアリシヤは眉間にしわを寄せる。
「抗いますよ」
「ん?」
「気に入らなければ、私は抗います」
白髪の間から見える目が一瞬見開かれる。
そして、ラナ爺は腹を抱えて笑い出す。
「あはは、若いな!いいぞ!抗え、抗え、若いの!」
笑いすぎたのか目に涙を浮かべながら、タリスに向かって親指を立てるラナ爺。
「タリス、よくやった!嫁はこれくらい気丈な方がいいぞ」
「もっと褒めていいぜ、ジジイ」
アリシヤの「嫁じゃありません」という言葉を無視し、タリスは親指を立てる。
ラナ爺とタリスは相当仲がいいのが見て取れる。
ひとしきり笑った後で、ラナ爺がタリスを見やる。
「ところで、こんな夜中に何をしに来た?エーヌの噂か?」
アリシヤの姿勢がしゃんと伸びる。
普段、アリシヤ達はエーヌについての噂をひとつづつ、調べていく仕事をしている。
噂の元はタリスが持ってきたものとリベルタの持ってきたものがある。
タリスの情報源はここだったのか。
タリスが苦笑する。
「ほんとは言わなくたって分かってんだろ、このクソジジイが」
タリスの言葉にラナ爺は、はは、と笑った。
「セレーノちゃんの事だな」
「その通り」
タリスが力なく笑う。
納得がいった。
セレーノに秘密にしたかったのはこのためなのだ。
タリスがラナ爺に向かい合う。
「姉さんと婚約したカルパってやつのことを教えて欲しい。金は弾むよ」
タリスが懐から、袋を取り出す。
この大きさなら結構な額が入っているのだろう。
ラナ爺がその袋を受け取る。
「確かに受け取った。じゃあ、話そう」
ラナ爺が口を開いた。
カルパはジオーヴェ家の長男。
ヴィータの息子である。
容姿端麗、品行方正。
絵にかいたような優等生だという。
彼には十歳、年の離れた妹がいる。名はロセ。
過去勇者候補の一人だった。
「もし、ロセが勇者となっていれば、カルパが賢者だったろうな」
それほどカルパは優秀で頭がよかった。
ロセを勇者に推すものは多かった。
だが、出た神託が示した勇者はどこぞの田舎の少年。
要するにリベルタだ。
賢者になりそびれたカルパは、城の中の教会で働き始める。
「つまり、クレデンテのもとでだ」
クレデンテは今の教会のトップである。
カルパはクレデンテを師と仰いでいる。
父であるヴィータより信頼していると言われている。
カルパの働きぶりは文句の付け所がない。
大変優秀な男だ。
「で、セレーノちゃんとの出会いだ」
カルパがオルキデアに通い始めてもう三か月ほどが経つ。
いつもカウンター席に座り、セレーノと楽しそうに会話しているのを常連客が指をくわえてみていたらしい。
そして、一週間ほど前。
「タリス、お前チッタに行ったらしいな」
ラナ爺の問いにタリスが不機嫌そうにうなずく。
ラナ爺は続ける。
その時のセレーノは常連客がわかるほど、タリスのことを心配していたらしい。
カルパはセレーノを励ましながらも、話があるといった。
そして、次の日にはカルパとセレーノは手を握り合う仲となった。
「要するに付き合ったってこったな」
「ありえねぇー」
ラナ爺の話の締めくくりに、タリスが不平不満を漏らす。
「姉さんが誰かと付き合うなんてありえねえ」
「そろそろ現実を見ろ、タリス坊よ。セレーノちゃんもいい年だ。結婚ぐらいしてもいいだろ」
ラナ爺の言葉にタリスは不機嫌そうに舌打ちを打つ。
「カルパに、後ろ暗い噂ねぇの?」
「それがないんだよ。残念ながら」
タリスが眉を顰める。
「どうせジオーヴェの権力で消して回ってるんだろうよ。噂のない人間なんて信用できるか」
「タリス、落ち着け」
ラナ爺の静かな声にタリスがきつい目線を向ける。
ラナ爺がため息をついた。
「タリス。お前の人生目標はなんだ?セレーノちゃんを幸せにすることだろう?」
「…ああ」
「カルパとセレーノちゃんは好きあってるらしい。だったら申し分ない相手じゃないか」
アリシヤは黙って事の成り行きを見守る。
確かにラナ爺の言う通りだ。
セレーノが納得しているのならそれはいい事だ。
だが、一方でタリスの言うこともわかる。
噂が全くない人間というのも怖い。
タリスが立ち上がる。
「もういい」
「タリス、余計なことはするな」
「説教くせぇんだよ、クソジジイが!!」
吐き捨てたと思うと、タリスが駆けだした。
「ちょ!?タリスさん!」
追いかけようとしたアリシヤの袖をラナ爺が引く。
振り返ったアリシヤに向かって首を横に振る。
「今はほっといてやってくれ。おそらく泣いてるから」
「え?泣いて—」
先ほどまで黙って壁際に立っていたファッジョがため息をついた。
「そうそう。タリスさんって、悔しくって泣くとき、さっきみたいに捨て台詞吐くんですよ」
「ガキのままだな」
ラナ爺がやれやれと手を広げて見せる。
ファッジョの同情めいた視線に気づき、アリシヤは首をかしげる。
「どうしました?」
「あんたの一番の敵はセレーノちゃんだぜ」
「敵?セレーノさんが?」
アリシヤがいぶかし気に聞くと、ファッジョとラナ爺が顔を見合わせて苦笑いした。
「タリスは苦労しそうだな」
「そうだな、親父よ」
二人の真意が読み取れずにアリシヤは眉間にしわを寄せる。
それを見て、ラナ爺が笑う。
「ファッジョ、アリシヤ君をお家まで送り届けてやれ」
「りょーかい」
アリシヤはラナ爺に礼を言い、ファッジョに付いてその家を後にする。
最後にラナ爺が言った。
「またおいで。金さえはずめば、どんな噂でも聞かせてあげよう」
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