第60話 意外な一面
「ところでタリスさん。どこへ向かっているのですか?」
なんとなくタリスの後についてきていたが、そういえば聞いていない。
横を歩くタリスが頭を掻く。
「本当はアリシヤちゃんを連れて行きたくないところ」
「へ?」
「でも見つかっちゃったから仕方ない。このことは姉さんには秘密な?」
タリスが口元に人差し指を当てる。
セレーノに秘密で、アリシヤを連れて行きたくないところ。
アリシヤはハッとする。
「やっぱり、女の人のところですか…!だったら私は帰り―」
「待て待て、アリシヤちゃん。違うよ。というか、やっぱりってどういうこと」
踵を返そうとしたアリシヤの首根っこをつかんでタリスが苦笑する。
「アリシヤちゃん。僕から離れちゃだめだよ」
「はい…?」
アリシヤは首をかしげながら頷いた。
すぐにその意味は分かった。
行きついたのは街の外れ。
治安の悪い場所だ。
「タリスさん、ここに何をしに?」
「ちょっと―」
タリスの言葉が止まった。
アリシヤも気配を感じ振り返る。
男が複数人、崩れかけた建物に隠れてこちらをうかがっている。
視線が合った。
男たちがとびかかってくる。
「アリシヤちゃん、僕の後ろへ」
「はい…!」
武器を持っていないアリシヤは足手まといになる。
タリスの指示に従ってさっと後ろに避けた。
「そして、耳を塞いで」
続けてタリスから出た指令に、アリシヤは眉をひそめた。
なぜ耳を塞ぐ必要がある?
男たちがタリスにとびかかった。
タリスは剣を抜かず、一歩前に出た。
「おい、雑魚。俺に殴り掛かるとはいい身分になったもんだなぁ?」
耳をふさがなかったアリシヤは思わず瞬きをした。
目の前のタリスが確かに放った声。
だが、あまりにもいつもと違う口調。
タリスにとびかかった男が、ピタリと止まった。
そして手に持っていた武器を置き、地面に伏した。
後ろにいた男たちもそれに習った。
「タリスさん!すいませんでした!!」
真夜中の町はずれに男たちの謝罪が響き渡る。
何が起こっているのか分からない。
混乱するアリシヤをよそに、タリスが土下座している男の背を踏んだ。
思わず出そうになった小さな悲鳴をアリシヤは飲み込む。
タリスが片足で男の背を踏みにじりながら言う。
「まだ、この土地への客人に手ぇ出してんのか?やめろって言ったのが聞けなかったのはどの耳だ?」
「ご、ごめんなさいっ!だから、き、斬らないで!!」
今にも泣きそうな男の声が可哀想だ。
アリシヤは恐る恐るタリスの背に話しかける。
「た、タリスさん。もう、よろしいのでは?」
男の背を踏んだままタリスが振り返る。
そしていつもの王子フェイスでにっこりと笑う。
「なんだ、アリシヤちゃん。耳塞いでって言ったのに、悪い子だなぁ」
タリスは男から足を下ろすとアリシヤに向き合う。
そして、アリシヤのほっぺに手を伸ばす。
「おしおきだ」
「ぴぇっ!」
ほっぺをふにふにと伸ばされる。
痛くはないがなんとなく屈辱的である。
アリシヤは眉をしかめる。
しばらくすると満足したのか、タリスが手を下ろす。
そして男たちの方を振り返る。
「おい、雑魚。ラナ爺は今どこにいる?」
雑魚と呼ばれた男が勢いよく立ち上がり背筋を伸ばす。
「あ、案内いたします!タリスさん!」
「よし。つまらねぇこと考えたらブチ殺すからな」
タリスの言葉に雑魚と呼ばれた男は縮み上がっている。
これなら報復されそうもない。
「さあ、アリシヤちゃん。行こうか」
振り返ったタリスの甘い顔と声。
「タリスさん…とんでもない人だったんですね」
「褒めても何も出ないよ」
思わず漏れた感想に笑顔で返された。
薄暗いあたりを見渡す。
普段整備された王都しか見てこなかったがこういう場所もあるのだと、しみじみ理解した。
タリスから離れないように、その隣を歩く。
と、タリスがアリシヤを見つめているのがわかる。
「タリスさん?」
「…嫌いになった?」
タリスの不安げな小さな声に、アリシヤは笑いながら首を横に振る。
確かに驚いた。
だけど、タリスが別の一面を見せてくれたことが嬉しくもあった。
「よかった」
タリスがはにかんだ笑顔を見せた。
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