第59話 味方
見失った。
月明かりの下、アリシヤはあたりを見渡す。
街の中心である城の足元まで来た。
途中まで遠くに見えていたタリスの背がふっと消えた。
アリシヤは寒さに白くなる息を吐きながら、あたりを注意深く見渡すが誰もいない。
その場に立ち止まって深呼吸をする。一回二回。
だんだんと落ち着いてくる。
なにをしているのだろう。
ふと、冷静になった。
タリスが何も告げず消えるなんて無責任なことをするわけがないのに。
誰かに会いに行ったのかもしれない。
女性関係が多いタリスだ。
最近は何もないとは言っているが、逢引かもしれない。
そう考えると馬鹿らしくなってくる。
だが、なぜかわからないが胸のざわつきが去ってくれない。
行こうか、戻ろうか。
悩むアリシヤはふと後ろに気配を感じた。
不味い。
そう思って、腰に手をかけて気づく。
剣を持ってきていない。
吹きだした冷や汗を払うように、素早く振り返り後ろに下がる。
そして、目を見張る。
「た、タリスさん…?」
「あー…やっぱり、アリシヤちゃんかぁ」
タリスが苦笑した。
アリシヤは胸をなでおろす。
まだ心臓がバクバクとなっている。
「び、びっくりしました」
「それはこっちのセリフだよ。僕をつけてきたってなにも面白いこともないのに」
誰かが付けていることに感づいたタリスは物陰に身を隠して様子を見ていたそうだ。
それでアリシヤはタリスを見失ったのだ。
「何しに来たの、アリシヤちゃん」
シンプルな質問にアリシヤは言葉に詰まる。
よく見ればタリスは剣以外荷物を持っていない。
どこかに行くような恰好ではない。
ただ、散歩しているだけかもしれない。
そう思うと自分の行動がいかに不自然か分かってしまう。
「そ、その…」
アリシヤはまごつきながら答える。
「タリスさんが消えてしまわないか心配で…」
「消える?僕が?」
心底不思議そうなタリスにアリシヤは事のあらましを話した。
「ラーゴ…あいつ、余計なことを」
タリスが軽く舌打ちをした。
「僕の立場の事はアリシヤちゃんが気にすることは全くない。それに、僕はそんな周りの噂に負けて姿を消すような弱い人間じゃないよ」
「ごめんなさい」
アリシヤは素直に謝る。
その通りだ。
タリスは普段のふるまいこそ軟派に見えるが芯は強い。
アリシヤだってわかっていたはずだ。
「でも、心配してくれたのは嬉しいな」
タリスが笑った。
久々に見るタリスの笑顔にアリシヤはほっと息をつく。
タリスの緑の瞳と目が合う。
「やっと目を合わせてくれましたね」
アリシヤは嬉しくなって呟いた。
タリスが、ふっと目を逸らした。
失言だっただろうか。
だが、今を逃してはもう機会はないと思った。
アリシヤは勇気を出して言葉を絞り出す。
「タリスさん。チッタの街では申し訳ありませんでした」
「え?」
「私は問うべきでないことをタリスさんに問いかけました」
イリオスの大切な人、デイリアを殺した自分は何なのかと問いかけた。
デイリアはアリシヤにとっては悪人には思えなかった。
だが、家族を魔王軍に殺されたタリスにとっては悪でしかないだろう。
デイリアを殺したことを後悔するアリシヤ。
それがタリスの機嫌を損ねたのではないか。
「違うよ。アリシヤちゃん」
タリスの声にアリシヤは顔を上げる。
「僕はアリシヤちゃんに怒っていたわけじゃないんだ。自分自身に対してだ」
「自分自身に…?」
「そう」
タリスは困ったように笑った。
「僕、アリシヤちゃんにいつか言ったよね。君の赤い瞳、赤い髪は美しいって」
「はい」
アリシヤははっきりと覚えている。
タリスの言葉は衝撃的だった。
「その言葉に嘘はないよ。だけど、デイリアをかばうアリシヤちゃんを見て、僕は思ってしまった。…赤いからだ、と」
息が詰まった。
タリスは続ける。
「アリシヤちゃんはきっと髪や瞳が赤くても黒くても金色でも…デイリアと言葉を交わし記録師様を見たら、彼をかばっただろう。僕は君の事を美しいと言いながら、実のところアリシヤちゃんをアリシヤちゃんとして、見ていなかった。どこかで赤という偏見を持っていた」
タリスがアリシヤに向かい合う。
そして、頭を下げた。
「ごめん。僕は自分がふがいなくて君の目が見れなかったんだ」
思ってもみなかったことだった。
それでいて嬉しかった。
「ありがとうございます、タリスさん」
今度はアリシヤが頭を下げた。
タリスが戸惑っている。
アリシヤは潤んだ目を隠さずに言った。
「この国で赤に偏見を持たない人なんていません。そんなの当たり前です。それでも、タリスさんはその当たり前を当たり前にしないでくれた。それが私はとても嬉しいんです」
タリスが息を呑んだ。
そして、小さく息を吐いたと思うと、そのまま手を広げアリシヤを優しく包み込んだ。
抱きしめられている。
アリシヤは驚きのあまり声が出ない。
「アリシヤちゃん」
耳元でタリスの声がする。
心臓がバクバクとなる。
「何が起きようと、この世界に君の味方はいる。僕が必ずいるんだ。それを忘れないで」
囁かれた言葉にアリシヤの頬から涙が一筋こぼれた。
タリスがそっとアリシヤを離す。
「さあ、行こうか」
そういったタリスはいつも通りで、アリシヤは慌ててこぼれた涙を払う。
まだ頬が熱い。
前を行くタリスに続く。
タリスにとっては慣れっこなのだろうか。
そう思うと少し不服だ。
アリシヤは首をかしげる。
なぜ不服なのだろう。
不思議に思いながら、アリシヤはタリスの背を追った。
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