第52話 エーヌとの対面

アリシヤはリベルタと二人、指定された荒野に来ていた。

枯れた土地。

ここはかつて、魔王によって蹂躙され、焼きつくされた土地。

未だに再興されていない場所だ。


「ここだと、逃げも隠れも出来ないな」


リベルタが呟く通り、周りには何もない。

北には街、北東には森が見えるのみだ。


南の方から赤い仮面の軍勢がやってくるのが見えた。

数は二十人と言ったところか。

赤い仮面に黒いローブを纏った群衆。


その光景にアリシヤはぐっと奥歯を噛みしめる。

かつて自身を攫い、ルーチェを殺した者たちだ。


アリシヤとリベルタから五メートルほど離れた位置で彼らは止まる。

赤い仮面の中から一人の女性が前に出る。

右手には紐が握られており、その先には縛られたデイリアがいる。

デイリアは衰弱しているようだ。殴られたのであろう跡もある。


「お待たせ。リベルタくん」


澄んだ美しい声だった。

どこか懐かしいような響き。


アリシヤは身構える。


「それから久しぶり、アリシヤ。私はエーヌの民の長」


彼女が仮面を取った。


「そして、貴女の母。名前はレジーナというの。よろしくね」


その顔立ちにアリシヤは息を詰まらせる。


見たことがある。

いつもの城に飾られている肖像画。

フィア女王の姉、レジーナだ。


「レジーナ姫が、エーヌの長?それで…私の、母?」


アリシヤの頭はパニックを起こす。

衝撃的な事実の列挙に頭がついていかない。

そんな、アリシヤの背をリベルタがどんっとついた。


「アリシヤさん、落ち着け。あとで説明するから」

「…!はい」


アリシヤは我に返る。

碧い美しい瞳のレジーナを見据える。

リベルタが口を開く。


「それで、レジーナ様。あなたが欲していたのはアリシヤですね」

「ええ。彼女を渡して欲しいの。それと、貴方の命、ね?」

「はは、やっぱり抜け目ないなぁ」


レジーナが剣を抜いた。

それと同時に、後ろの仮面の軍勢が剣を抜く。


リベルタも剣を抜き高く掲げた。

それを合図に北東から、タリス率いる国の兵がこちらに向けて突き進んでくる。

数は十。二十いる相手に比べると、少ないかもしれない。

だが、リベルタとタリスがいるなら問題ない。


アリシヤはここに来る前にリベルタから言われたことを思い出す。


おそらく、デイリアを人質に取る行動は陽動。

相手は本気でデイリアを交渉材料にできるとは思っていない。


だったらエーヌの民の狙いは何だ。


それは、チッタの街だ。

勇者が来ているにもかかわらず街がエーヌに襲われる。

それは国民にとって恐怖としかなりえない。

勇者をもってしてもエーヌにはかなわない。

そういう印象を植え付ける。

これが彼らの目的だと、リベルタは推測した。


「だから、こっちに回す兵は十人くらいでいい。あとは全力で街を守ってくれ」


チッタは大きい街だ。百人余りの兵がいる。

現在残りの九十人が万全の警戒態勢で街を守っているだろう。


アリシヤはリベルタが言った通り、彼が敵を薙ぎ払ってできた道をまっすぐ進む。

そして、縛られたデイリアの元にたどり着くと、彼を縛る縄を切った。


「大丈夫ですか⁉」

「ああ、すまないな。同胞よ」


デイリアは足を引きずっていた。

見ると、足首に深い切り傷がある。

アリシヤは顔をしかめる。

逃げないように切られたのだろう。


「アリシヤさん!そのままデイリアを連れて街へ!」

「分かりました!」


アリシヤは身長の高いデイリアを引きずりながらもなんとか抱える。


「そうはさせないわ」


ひらりと身をひるがえし、アリシヤの前に躍り出るレジーナ。

不敵に笑う彼女の表情。

表情こそ似ていないものの、顔立ちは鏡で見る自分と似ていた。


「アリシヤちゃん!逃げて!」


レジーナの前に飛び出てきたのはタリスだ。

レジーナを抑え込み、アリシヤに指示を出す。


「まっすぐ行けば南門に付く。そこから路地を抜けて突き進めば教会前だ!そこまで逃げ切れ!」

「はい!」


アリシヤは、デイリアを抱えながら駆け出す。

デイリアは重い。スピードは出ない。

だが、振り返らずに突き進む。

後ろを守ってくれているのはリベルタとタリスだ。

その安心感がアリシヤを前に動かす。


前へ、前へ。アリシヤは進んだ。

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