第49話 宿屋にて

「わぁ!ベッドふかふかだぁ!ボクここで寝てもいい?」

「どうぞ」


ベッドに転がるイリオス。

アリシヤは、ソファーから地面に荷物を移す。


今日はソファーで眠ることになりそうだ。


宿屋に戻った、アリシヤ、タリス、ロセ。それからイリオス。

リベルタは教会にイリオスを保護したことを伝えに行った。


イリオスへの虐待への追及はデイリアを拘束した後に行われることに決まった。


さて、部屋分けである。

イリオスは少年であり、本来リベルタ、タリスの男部屋に泊まる予定であった。

だが、イリオスが譲らなかった。


「ボクは死神と同じ部屋なんて絶対やだ!」


デイリアに敵対心を向けていていた二人と行動を共にするのが嫌だったようだ。

仕方なく、アリシヤ、ロセの部屋に連れてきた。


「アリシヤ、私と一緒に寝なさい」


イリオスにベッドを取られたアリシヤを、ロセが呼ぶ。


「いえ、ソファーで十分ですよ」

「ソファーじゃ休まらないから」


ベッドサイドをばしばしと叩きながら、ロセが言うものだから断られるのもはばかられる。


「じゃあ、そうさせていただきます」

「えー!」


ベッドに転がりながらイリオスは声を上げる。

不服そうだ。


「アリシヤ、そっちで寝るの?ボクと一緒に寝ようよ!」

「記録師様」


ロセが背筋をただし、イリオスに向かい合う。


「アリシヤもいい年をしたお嬢様です。男と同衾するとなるといろいろな問題が生じます」

「どうして?」


澄み切った瞳でイリオスが尋ねる。

ロセが頭を抱えた。

確かに、アリシヤとて、どう説明したらいいか分からない。


「一緒に寝てよ、アリシヤ。一人は怖いんだ」


イリオスが言った。

イリオスの姿に自分が重なった。


「仕方ありせん。イリオスさん。あなたが寝るまで側にいます。それでいいですか?」

「うん!ありがとう、アリシヤ」


イリオスは笑顔で答えた。


「じゃあ、おやすみなさい」


ロセがそう言って部屋の明かりを消す。

アリシヤとイリオスは背中合わせになって同じ布団の中で眠る。


「ねえ、アリシヤ」


小さな声でイリオスが話しかけてくる。


「アリシヤは、デイリアの同胞なのに、死神の仲間なの?」

「私は…デイリアさんと同胞かどうか、未だに分かりません。ですが、勇者様の仲間ではあります」

「ふぅん…」


つまらなさそうにイリオスは言った。


「ねえ。デイリアは殺されるの?」


アリシヤは答えられない。

だが、彼は元魔王軍だ。

処刑は逃れられないだろう。


答えあぐねていたアリシヤ。

イリオスが口を開く。


「デイリアは言ってたよ。自分はもう死ぬ運命にあるって」

「え」

「たくさん人を殺したから殺されて仕方ないって言ってた、だけどさ」


イリオスの声が揺れる。


「だけど、デイリアはボクに素敵な名前をくれたよ?ボクに美味しい料理を食べさせてくれた。素敵な時間を、温かい世界をくれた」


涙にぬれた声。

アリシヤの胸に痛みが走る。


「それでも殺されなきゃいけないの?」


唇を噛んだ。


「やっぱり納得いかないよ!ねえ、アリシヤ!デイリアを殺さないでよ!お願い!デイリアと同胞なんだったら彼を守ってよ…!」

「それは…できません」


アリシヤはかすれた声で答える。


「どうして⁉」

「デイリアさんはイリオスさんにとって大切な人です。だけど、デイリアさんは魔王軍。かつてこの国で、たくさんの誰かの大切な人を殺し奪った…私は彼を守ることはできません」

「アリシヤのバカ!」


イリオスが、ベッドから飛び起き、アリシヤの背を叩く。


「アリシヤの大切な人がデイリアと同じ立場だったとしても、アリシヤはそう言えるの⁉」


アリシヤは言葉を失った。

答えられなかった。


「アリシヤはやっぱり死神の仲間なんだ!こんなところ!」


そういってイリオスは止める間もなく、部屋を飛び出していった。

アリシヤは固まった。


もし、イリオスと同じ立場だったら?

もし、ルーチェが殺されたのは、彼女が過去に多くの人を殺めたからであったら?


「アリシヤ、行くわよ」


ロセの声で我に返る。

ベッドから立ち上がったロセはすでにコートを羽織り、剣を携えていた。


「記録師様を追いましょう」

「はい」


アリシヤは素早く外へ出る準備を済ませる。

二人で宿の廊下を走る。ロセが振り返らずに言った。


「あなたは正しいわ。アリシヤ」


ロセの言葉が重くのしかかる。


確かに正しい答えなのかもしれない。

だが、ただ正しいだけかもしれない。


アリシヤは返事ができないまま、ロセの後に続いた。


*** 


宿を出て、ロセとアリシヤは街に出る。

街は暗い。

だが、静まり返った夜の街角に、足音が響く。


「こっちね」


ロセの言葉通り、足音を追うと入り組んだ街角にイリオスはいた。

イリオスの足は遅い。

そういえば先日、足をくじいていた。


「来ないで!」

「イリオスさん。帰りましょう」

「嫌だ!」


アリシヤが差し伸べた手をイリオスは払った。


「やっぱり、デイリアが死ぬなんておかしいよ…」


うなだれるイリオス。

その薄着の肩に、ロセがコートをかける。


「記録師様。人間は皆死にます。あなたはそれを記してきたはず」

「それは…」


イリオスは答えに詰まる。


「デイリアもその一部です。それだけの事です」


ロセの言葉が嫌に冷たく聞こえた。

アリシヤは、涙を流すイリオスに声をかけることができなかった。

それでも、部屋に戻ったイリオスは言った。


「アリシヤ、もう一度、一緒に寝てくれる?」


アリシヤはその頼みを受け入れた。

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