第47話 コキノの男
「デイリア、ただいまー」
イリオスに案内されたのは木でできた小屋だった。
イリオスが声をかけると扉が開く。
「イリオス。おかえり―」
出てきた男を見た瞬間、アリシヤは息を呑む。
短く切りそろえた髪。鋭い目。
それら全てが赤だ。
男の動きも止まった。
アリシヤを目に映すと呟いた。
「エレフ、セリア…?」
アリシヤは耳を疑う。
フィアから聞いた友人の名前。
「その方をご存じなのですか?」
「ご存じも何も…」
男は軽く息を吐くと、扉を開く。
「歓迎しよう。同胞の少女。そして国の犬よ」
男は暖炉に火をくべる。
家具はほとんどなく、あるのは机と椅子。
それから固そうなベッド。
椅子は二脚しかない。
木を切っただけの簡素な椅子にタリスはイリオスを下ろす。
「名乗っていなかったな。私は…。いや、隠しても仕方ない。私はデイリア。今はこの森でただ日々を暮らす者だ。そちらは?」
「僕はあなたのおっしゃった通り、国の犬、いや、国の騎士のタリスです。こちらの彼女はアリシヤ。僕と同じく国の者です」
「コキノの一族でありながら国に仕えるとは…またややこしいことをしているのだな」
デイリアはため息をついた。
「それで?貴殿たちはなぜこんな森に?私を成敗しに来たのか?」
「それならば、はじめから斬っていますよ」
タリスが物騒な答えを返す。
それに表情一つ変えず、デイリアは続ける。
「だろうな。理由を聞こう」
アリシヤは口を開く。
自分たちはチッタの街の教会から頼まれ記録師の少年を探している。
逃げる場所と言えばこの森が最適だ。
アリシヤはそういうことにして話す。
さすがに、あなたを疑っていますとは言えない。
だが、デイリアは言う。
「なるほど。それで、赤の悪魔である私を疑いがかけられているわけか」
「それは」
「嘘は言わなくてもよい。アリシヤよ。この街で赤がどれほど忌み嫌われているか貴殿も身を持って知ったのではないか?」
確かにデイリアの言うとおりである。
この街の住人の赤嫌いは相当なものだ。
ふと、アリシヤは視線が気になり振り向く。
イリオスが不安げな表情で事の成り行きを見守っている。
「ねえ、アリシヤはデイリアのお友達…だよね?」
お友達ではないような気がする。
今知り合ったばかりであるし、疑いもかけている。
アリシヤが答えあぐねていると、イリオスがアリシヤを伺うように話し出す。
「デイリアはね、赤のお友達がいなくなったって毎日悲しんでるんだ…だから、ボク、アリシヤを良かれと思って連れてきたんだけど…間違ってたかな」
顔を伏せるイリオスをデイリアが優しく撫でる。
「いいや、間違いなどではない。この少女は我らが同胞だ」
「同胞、なのですか」
先ほどから気になっていた言葉だ。
「ああ。貴殿のその髪と瞳はまごうことなき我らが同胞の色。コキノの色だ」
「コキノの色?それは、魔王の一族であるコキノの一族と関係あるのですか?」
「そうか。貴殿は何も知らぬのか」
デイリアは寂しそうに言った。
「我々、コキノの一族は確かにこの国では魔王と呼ばれるものの種族に入る。だが、コキノの一族とて、赤い血の流れる普通の人間だ」
アリシヤは頷く。
それは赤い髪を持ち、赤い目を持つアリシヤが一番よく知っている。
「我らの若き族長エレフセリアはこの国ものと契約した」
「契約?」
「そう。己が身を魔王に堕とすことにより同胞を国外に逃がしたのだ」
話が読めない。
エレフセリアはやはり魔王であるのか。
だが、この言い方だと、エレフセリアは自ら望んで魔王になったわけではなさそうだ。
同胞を逃がすために魔王になった…?
そして契約相手はこの国の者。
と、いうことは―
「アリシヤちゃんに変な嘘を吹き込むのはやめてくれませんか」
タリスがどすの利いた声でデイリアを威嚇する。
「お前はデイリア。魔王軍の幹部。そんな男の話を信用するとでも?」
「まあ、そうだろな。さて、今は記録師の話だったな」
デイリアは話を切り上げてしまう。
もっと続きを聞きたい。
そう思った自分をアリシヤは制す。
今は記録師の保護だ。
そして、タリスの言う通り鵜呑みにしていい話かどうかも分からない。
「これを拾った時点で仕方ないとは思っていたがな」
そういって、デイアリはイリオスを見て、微笑んだ。
慈しむような笑み。どこかルーチェを思い出した。
「彼は確かに貴殿らの言う記録師だろう」
「デイリア!」
イリオスが叫ぶ。
だが、デイリアは首を横に振る。
「イリオス。隠しきることは不可能。隠ぺいは事態を悪化させるだけだ」
「…わかったよ」
イリオスが引き下がった。
デイリアは再びアリシヤとタリスを見据える。
「本当のことを話そう。それからどうするかは貴殿ら次第だ」
デイリアはアリシヤとタリスに向き直り、厳かに告げた。
ただ、とデイリアは付け加える。
「私の処遇は、明日まで待って欲しい。逃げも隠れもしない。死に支度をするだけだ」
デイリアは告げた。
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