第46話 イリオスという少年

アリシヤ達は教会を出る。


「情報はないに等しいな」


リベルタがさらりとそう言う。

ロセが悔しそうに呟く。


「あれほど自信ありげに手紙をよこしてきてたから何かあると思ってたのに」

「まあまあ、ロセさん。地道に行こう」


ジリオからもらったこの街の地図をリベルタが広げる。

タリスがそれをのぞき込み、カバンの中からペンを取り出す。


「デイリアは崖の上の森に棲んでいる、要はここですね」


タリスが赤いペンで丸をした。

地図には道も載っていない場所だ。


「この場所の行き方わかりますので、僕はデイリアについて調べてみます」

「わかった。俺は街で情報を集める」


リベルタが地図を見て零す。


「デイリア、あいつは強いぞ」


リベルタがタリスを見据える。


「タリス、アリシヤさんを守れよ」

「言われなくとも」


タリスは笑顔で頷いた。


リベルタの指示のもと、アリシヤ・タリス、リベルタ・ロセの二組で行動することに決まった。

教会の前でリベルタとロセと別れる。


「じゃあ、行こうか。アリシヤちゃん」


タリスはいつもの王子様フェイスで笑う。

見慣れたその顔のおかげで、アリシヤも頬を緩める。


「タリスさん、さっきは怒ってくれてありがとうございました」

「ああ、あれは僕が許せなかっただけ。アリシヤちゃんにお礼を言われるほどの事じゃないよ」


アリシヤは首を横に振る。


「それでも嬉しかったんです。あんな言葉、言われ慣れています。でも…」


なかなか声に出せない言葉の続きをタリスは優しい笑顔で待ってくれる。

アリシヤは、少し緊張しながら声に出した。


「全く平気なほど私はまだ強くないので」


ルーチェ以外にこうして自分から弱音を吐きだすのは初めてかもしれない。

人に弱さを見せるのは苦手だ。

自分の至らなさをさらけ出すのだ。当然かもしれない。


だけど、タリスは優しく笑う。


「いいんだよ」


タリスの言葉にアリシヤは顔を上げる。


「アリシヤちゃんは十分強い。心配になるくらいだ。だから、そのままでいいんだ」

「そのままで…?」

「うん。無理に強くなろうとしないで。あんな言葉、慣れちゃいけないよ」


優しい言葉に、アリシヤの心臓が大きな鼓動を打った。


強くなろうと思った。

ルーチェが死んでなおさら。

でも平気じゃないものは平気じゃない。


タリスの言葉が深く染みる。

平気じゃない自分を認めてくれた。


「ありがとう、ございます」


たどたどしくアリシヤが言う。

タリスがふっと背中を見せる。


「行こうか」


そういったタリスの耳が真っ赤に染まっていることにアリシヤは気づく。


「は、はい」


返事をしながらアリシヤは心臓を抑える。

なぜだろう。なんだか鼓動が速い。顔も熱い。

不可思議な現象にアリシヤは首をかしげながら、タリスの後に続いた。


***  


タリスは、地図も見ずに目的の地にたどり着く。


「ここが森の入り口だ」


入口、とタリスは言うが、道はあってないようなものだ。

木々が無秩序に生えている。

今は冬だ。

木々は枯れ果て荒涼とした印象を受ける。


「何があるか分からない。はぐれないように気を付けよう」


アリシヤは頷く。


けもの道をタリスは迷いなく踏みしめていく。

あまりにも堂々たる歩きぶりにアリシヤは疑問を抱く。


「タリスさんはここに来たことがあるのですか?」

「うん。何度もね。ここは子供にとって最高の遊び場だったから」

「子供にとって―」


アリシヤはそこで気づく。

出かけ際のセレーノの言葉。


『タリスをよろしくね』


タリスが子供時代を過ごした地。

タリスの故郷は、魔王に滅ぼされたと聞いた。


「ここは…チッタはタリスさんの故郷なんですね」

「そうだよ。僕の大好きな、いや、大好きだったチッタの街だ」


チッタの街は女、子供残らず、皆殺しにされたと聞いた。

タリスとセレーノが唯一の生き残りなのだろう。

タリスの家族、親友、皆、この場所で殺されたのだ。


胸が締め付けられる。

前を行くタリスがアリシヤを振り返る。


「そんな悲しそうな顔をしないで。僕はアリシヤちゃんが笑ってくれる方が元気出るな」

「また、そうやって誤魔化そうとするんですから」

「そんなことないよ」


自分の弱さを認めてくれたタリス。

アリシヤもタリスにとってそういう存在になりたいと思う。

だが、タリスはいつものように甘い言葉ではぐらかしてしまう。


不服に思いながら、タリスの後を歩いて三十分がたった。


「小さな森に見えましたが、中々広いんですね」

「うん。この森は似たような風景が続くから方向感覚も狂いがちになる」


タリスが地図を広げる。


「今いるのは、森の西側。次は東側に回ってみよう。デイリアがいるとすればどこかに拠点となる場所があるはずだ」


アリシヤは、はっと振り返る。


「アリシヤちゃん?」

「しっ…」


アリシヤは人差し指を立て、タリスを制す。

足音が聞こえた。

あたりを注意深く見渡す。

視界に何か捉えた。


小さな人影だ。

向こうもアリシヤに気づいたようだ。脱兎のごとく走り出す。


「待ってください!」


アリシヤは慌ててその背を追う。


「アリシヤちゃん!ストップ!その先は崖に―」


タリスが叫んだのと同時だった。


「うわああああ!」


少年の叫び声があたりに木霊する。

どうやら崖から落ちたようだ。


崖と言っても、高さはさほどない。

建物でいうと二階ぐらいの高さだ。

だが、打ちどころが悪ければ死に至る。


「大丈夫ですか⁉」


アリシヤとタリスは、慌てて崖を滑り降り、落ちていった少年に寄り添う。

地面にへばっている少年。

足を押さえている。


「足、くじいた?」


タリスが聞くと少年は涙目で頷いた。


クリーム色の髪に青い瞳の少年。

よく見る風貌と言えばそうだ。

だが、探している記録師もそうだとなれば話は違う。


痛みに唸っている彼にアリシヤは尋ねる。


「あなたは記録師様ですか?」

「…。ううん」


少年はまだ声変わりをしていない高い声で答える。


「ボクはイリオス。それよりお姉さんは!」

「私はアリシヤです」

「アリシヤ!やっぱり同じ言葉だ!」


少年は人懐っこくアリシヤに抱き着く。


「アリシヤはデイリアとお友達だよね!」


唐突に出てきた、デイリアという名前に息を呑む。

タリスにも緊張が走っている。


「赤の人は同族ってデイリアが言ってた!きっとアリシヤが来てくれたら喜ぶよ」


この少年はどうやらデイリアの居場所を知っているようだ。

タリスと顔を合わせて頷く。


「イリオスさん。そのデイリアさんという方のところまで案内してもらえますか?」

「うん!いいよ!でも」


イリオスが小さく俯く。


「足痛いから誰かに運んでほしいなぁ」

「はいはい、分かったよ」


タリスが、イリオスを担ぐ。


「やったーありがとうお兄さん。お兄さん名前は!」

「タリス」

「タリス。チッタの街の生き残りの?」


明るく尋ねたイリオス。

タリスの表情が固まる。


「どうして、そんなこと知って」

「秘密!」


イリオスははつらつと答えた。

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