第44話 赤の悪魔

「アリシヤちゃんをこのまま行かせるわけにはいかない」


タリスが、深刻な顔でアリシヤの右腕を掴む。


「こんな猿、放っておいて早く部屋に行きましょう。アリシヤ」


ロセが、嬉しそうにアリシヤの左腕をつかむ。


宿屋のロビーで謎の修羅場が始まってしまった。

本当に訳が分からない。

 


宿屋に着くと、リベルタは慣れた様子で部屋を二つ取ってくれた。

リベルタ・タリスの男部屋と、ロセ・アリシヤ二人の女部屋だ。

まあ、納得のいく分け方だろう。


だが、それに異を唱えたのはタリスであった。

それから今の状況である。


タリスは紳士である。

この分け方を真っ先に推しそうなのは彼なのだが―


アリシヤは謎の状況に思わずリベルタに目線を送る。

これはなんでしょう、と。


それに気づいたのか、リベルタが苦笑する。


「あのな、アリシヤさん。タリスは過去何度かロセさんに彼女を取られてるんだ」

「彼女を…取られる?」


アリシヤの顔が疑問に染まる。

彼女を取られる。ロセは女性だ。うむ、なるほど。そういうことか。

納得しかかったアリシヤ。


そこでロセが反論を唱える。


「人聞きの悪いこと言わないでください。私は、この浅はかな男から美少女を保護しているんです。そんな略奪なんてしていません」

「嘘つけ。俺の彼女口説いてたくせに」


タリスが恨みがましそうな目でロセを睨む。


「美しいものを褒めたたえて何が悪いの?」


ロセはしたり顔である。

アリシヤは気づく。


「まさか…お二人が仲が悪いのって」


アリシヤの言葉に反応したタリス、ロセが言い放つ。


「こいつが俺の彼女を奪ったから!」

「この男が美少女を誑かしたから!」


完全に声はかぶっていたが、お互いの言いたいことは分かった。

アリシヤは脱力する。

お家問題ではなく、ただの私情だった。


「アリシヤ?何かしらその顔は」


ロセに問われてアリシヤは力なく笑う。


「はい…なんか、良かったなって」

「全然よくないよ、アリシヤちゃん。こいつと同じ部屋なんて危なすぎる」


タリスの言葉に、ロセが鼻を鳴らす。


「あなたみたいな野蛮人と同じにしないで。ちょっと頬っぺたぷにぷにするだけ」

「ほら危険だ!」


あれこれともの言いたげなタリスを、リベルタが引っ張っていく。

それを見送りアリシヤはロセと部屋に向かう。


部屋に入る前、前を行くロセがふっと振り返る。


「私そんな危ない人間じゃないから」

「あ、はい。危ないと思ったら何とかします」

「そのたくましいとこ嫌いじゃないわ」


風呂から上がり、寝室に戻ると先に上がったロセが寝支度をしていた。

いつも二つにくくられている金の髪が下ろされている。


「ロセさん、髪を下ろすと雰囲気変わりますね。大人っぽいです」

「あら、ありがとう」


部屋には二つのベッドと、簡素な書き物机が一つ置かれている。

椅子もないものだから、ベッドに腰を掛ける。

すると、ロセがアリシヤの隣に並んで座ってくる。


「ロセさん?」


ロセはアリシヤをじっと見据える。

猫のような青い瞳にアリシヤが映っている。と、ロセがアリシヤの頬に手を伸ばす。

ふにゃりと頬をつかまれ、そのままぷにぷにと揉まれる。


「ひょ。りょせさん?」


ロセは何も答えない。真顔である。


しばらくすると満足したのか、ロセが手を離す。

だが、その顔は晴れない。

何だったのだろう。


「アリシヤ」

「はい、なんでしょう」


ロセはなかなか話を切り出さない。

が、意を決したように顔を上げるとアリシヤを見つめる。


「今回、記録師を誘拐した犯人。勇者様やあの男には言わなかったけど、だいたい見当がついているの」


アリシヤは身構える。

仕事の話だ。神妙に頷く。


「チッタの街のすぐそばに大きな森がある。そこには悪魔が住んでいると言われている」

「悪魔…ですか」

「そう。その悪魔は赤い髪と赤い目を持つ男」


目を見張る。

ロセは言った。


「その悪魔の名はデイリア」

「え」


アリシヤは声を漏らした。


いつか本で読んだ。

デイリアと言えば、エルバに拠点を置いていた魔王軍の幹部。

リベルタに破れ、敗走し、行方知れずとなった男。


「街の人間はデイリアを恐れている。司祭のインノですら恐ろしくて、手が出せずにいた。それで今回の記録師様の誘拐」

「だから、魔王を打ち倒した勇者様が呼ばれたのですね」

「そう。それで―」

 

ロセが一呼吸置く。


「チッタの街は赤に対して、ひどい偏見がある。この国では皆そう。だけど、あの街は異常なほど赤を恐れている」

「…はい」

「だから、あなたが辛い思いをするかもしれない」


アリシヤは頷く。


「帰ってもいいの。あなたにはそれを選ぶ権利がある」

「ありがとうございます。ロセさん」


だけど、アリシヤは決めたのだ。

「真実」を教えてくれるルーチェはもういない。

だったら、自分でそれを探そうと。


そのためには同じ赤を持つデイリアに会わなければならない。

会って確かめたいことがたくさんある。


アリシヤはロセを見据える。


「ありがとうございます。でも、行きます」

「アリシヤ…」

「それに、お仕事ですから」


あけっらかんと言うと、ロセが苦笑する。


「それもそうね」

「はい。勇者様が今回、私をこの任務に連れてきてくれたということは何かお役に立てることがあるんじゃないかと信じています」

「…アリシヤ」


ロセの笑顔が寂しそうに見える。


「もし、信じられなくなったら私のところに来なさい」

「信じられなくなったら…?」


何を言われたのか、よく分からなかった。

役に立てることがあると信じられなくなったら。

それとも―


ベッドサイドにかけた手をきゅっと握る。


「…今日は、もう寝ましょうか」

「はい」


アリシヤは布団に潜り込む。

目を閉じて、今までのことを思い返す。


チッタの街にいるデイリア。彼は魔王の部下だった。

ルーチェを殺した残党のエーヌの民と関わっているのか。

図書室の本の中で見かけた赤の民・コキノの一族とは何なのか。

そしてフィアとの話に出てきた彼女の友人エレフセリアとの繋がりは。


聞いてみたいことがたくさんある。

そうすればルーチェの言った、そしてフィアの言う「真実」に近づける気がする。


だが、冷静になれ。

今回の仕事は誘拐された記録師の救出だ。

デイリアと関係がない可能性も十分ある。


仕事を果たす。

胸に誓い、アリシヤは眠りに落ちた。

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