第七章 一族の男

第43話 緊急要請

「タリス、アリシヤさん。至急、旅の準備をしてくれ」

 

城で訓練に励んでいたタリスとアリシヤの元へリベルタが駆けてきた。


「緊急要請が来た。チッタの教会の司祭、インノ様からだ」

「チッタ…」


タリスが小さく呟いた。顔に緊張が走っている。

リベルタがタリスを見据える。


「タリス。行けるな?」

「ええ。大丈夫です」


タリスは硬い声で答えた。


二人は家に戻り、大きなカバンに衣服や食料などを詰め込んだ。

チッタの街は遠い。王都から歩いて五日はかかるだろう。


準備を終えたアリシヤは二階の自室から、一階へ降りる。

階下で、開店の準備をしているセレーノが複雑そうな面持ちでアリシヤを迎えた。


「アリシヤちゃん。タリスに聞いた。チッタの街に行くのね」


アリシヤは頷く。


「あのね、アリシヤちゃん」


そこで、セレーノは一度言葉を区切る。

口元をきゅっと閉め、そして、次には顔を上げた。


「…タリスをお願いね」


理由は分からない。

だが、セレーノの表情が、その願いの切実さを物語っていた。


アリシヤは、先ほどのタリスとリベルタの会話を思い出す。

タリスの緊張した顔、硬い声。


アリシヤは、セレーノを見据えて深く頷いた。


***   


チッタの街への旅が始まった。

リベルタ、タリス、アリシヤ、それから意外な人物がもう一人。


「なんでお前がいるんだよ」


タリスが顔をしかめる。


「私がいたら悪い?」


ロセが凛とした声で言い放った。



旅の道中、ロセが説明をしてくれた。


これから行くチッタの街は、鉱山の街。

かつて、魔王に襲われ住人が皆殺しにあった悲劇の土地である。

だが、今では復興を遂げ、教会を中心とした街として生まれ変わったそうだ。

今ではこの国の要所ともいえる。


「その教会にいた、記録師様が誘拐された」

「記録師…」


話には聞いたことがある。

この国の史記を記す重要な使命を担う職だと。

だが、詳しくは知らない。


そんなアリシヤに「仕方ない」などといいながらもロセは丁寧に捕捉を加えてくれる。


記録師はアリシヤの知った通り、この国の史記を記す重要な役割。

彼らはこの国に仕えると共に神の遣いだという。


「神託を受けるのも彼らの役割なの」


ロセは言った。


神託とは、この国の行く末を左右する神の言葉である。


例えば、魔王が現れることを示唆したり、勇者の居場所を明らかにしたりする。


記録師は、神に身を捧げし者。

生まれた時から教会で育ち、俗世に出ることはない。


その記録師が、今回誘拐されたというのだ。

事の次第の大きさにアリシヤは息を呑む。

リベルタが緊急と言ったのも頷ける。


「軍隊を動かして大ごとにはしたくない。そういったインノ、教会の司祭ね。彼の計らいからあなた達が選ばれたわけ」

「なるほど」


アリシヤは頷く。

その横でタリスが眉間にしわを寄せる。


「じゃあ、なんでお前もついてくるんだよ」

「教会の事をあなた達に任せっぱなしにできるはずないじゃない」

「つまり見張りかよ」


タリスが、けっ、と言い放ったのをリベルタがなだめる。


「いやでも、正直ロセさんがついてきてくれて助かるよ。教会に知り合いがいるんだってな」

「ええ。そうです」

「動きやすくて助かる。ありがとう」

「どういたしまして」


ロセの言動がそっけない。

前から思っていたが、ロセはリベルタに対してなんだか冷たい気がする。

愛読書は『勇者伝説』だと言っていた。

てっきり、アリシヤと同じくリベルタに憧れを抱いているのだと思っていたが。


そこで、アリシヤは思い出す。


ロセの父親は、この国の二大勢力のうちの一つ、教会派ジオーヴェ家の家長だ。

そして、リベルタはもう一つの勢力、王族派サトゥルノ家の家長であるアウトリタ直属の部下だ。


そういえばリベルタはジオーヴェ家の者から嫌われていると言っていた。


何とも難しいものだ。


もしかすると、タリスとロセとが仲が悪いのもそういった派閥問題なのだろうか。

普段、子供の喧嘩を見守るような気持ちでいたが、問題は根深いのかもしれない。


そんなことを考えるうちに一日目の日が暮れた。


「今日はこの町で宿を取ろう」


リベルタの言に従い、宿場町であるプリモの町で休むことになった。


そして、思っていたより問題は深刻ではないことを知る。

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