第40話 取り戻す

戦場で、町で、宿で、スクードは常にリベルタと行動を共にした。

だが、スクードはリベルタに興味はなかった。

反対にリベルタはスクードに興味津々の様だった。


「なあ、スクードって本当の名前じゃないんだろ?名前なんて言うんだ?」

「なあなあ、スクード。お前好きな食べ物あるか?俺料理得意だから何でも作れるぞ!」


なあなあなあなあ、とリベルタは煩い。

スクードは質問に答えずいつも無視していた。

そのうち諦めるようになるだろうと思っていた。

だが、リベルタは中々にしつこい。


ある晩のことだった。

久々の野宿ではない屋根のある施設での休み。

ディニタは用事にと、外出していた。


だから、スクードも気が緩んでいたのだろう。


「なあ、スクード。スクードはこの役目が終わったら何するんだ?」


リベルタに問われ、スクードの頭の中にふっと過ったものがあった。


「…母の墓を作る」


自分とともに逃げようと言ってくれた母。

彼女の墓は作られることはなかった。


感傷に飲まれまいと顔を上げたスクードの目に、キラキラと瞳を輝かせたリベルタが映る。


何だろう。


怪訝に思ったのもつかの間、リベルタが興奮気味に言う。


「やっと答えてくれた!」

「え」


スクードははっとする。

先ほどの願い、口から洩れていたことを今更ながらに自覚したのだ。


思わず口元を抑える。


「ずっと返事くれないから、俺、嫌われてるのかと思ってた!」


仕方がないのでスクードは答える。


「嫌いではない。だけど、興味がない」

「え、それ余計酷い」


リベルタがしょんぼりと肩を落とす。

まるで犬のようだ。

スクードは思う。


尻尾を振ったかと思えばしゅんとする。

面白い生き物だ。


リベルタが目を見開く。

何をそんなに驚いているのか。


「スクード…お前、笑うんだな」


リベルタの言葉に今度はスクードが驚く。


母が死んだあの日から笑顔は忘れたはずだった。

なのに―


「スクード。お前笑った方がいいぞ」


真面目な顔でリベルタが言う。


「普段目つき悪いし怖いけど、笑ったら綺麗な顔だ。女の子にモテそう…!」

「そうか」

「そうだよ!?剣も強くて頭もよくて顔もいいのか!?羨ましいぞ、スクード!」


リベルタの拗ねたような表情がおかしくて、今度は自分で気づくぐらいに笑ってしまった。


そこからはスクードが口に出してしまった願いの話になった。


「母さんの墓を作りたい、かぁ…。スクードも母さん亡くなってるんだっけ」

「お前もだったな」

「うん。けど、俺が生まれた時に亡くなったから。俺、母さんの事、全然知らないんだ」


リベルタは困ったように笑う。


「なあ、スクード。スクードの母さんはどんな人だった?」


問われてスクードは言葉に詰まる。

今まで忘れようとしてきた母の記憶が沸き上がってくる。


暖かな手。やわらかい声。スクードを慈しむ瞳。


「優しい人、だった」

「スクード…?」

「悪い、俺はもう寝る」


あまりにもおかしな話の切り方だったと思う。

だけど、こうするほかなかった。

スクードは逃げるようにベッドに転がりシーツにくるまる。


「大丈夫か?体調でも悪いのか?」


そういってリベルタはベッドまでのぞき込んできた。

だが、そこで気が付いたのだろう。

おやすみ、と言ってそのままそっとしておいてくれた。


シーツの中でスクードは泣いていた。

とっくの昔に枯れ果てたはずの涙が溢れてきた。

リベルタとの話の中で蘇ってしまったのだ。


忘れたい。

それでいて忘れたくない母との思い出が。


その日、スクードは夢を見た。


「逃げましょう」


そういって手を伸ばしてくれる母の夢だった。

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