第41話 使命と思い

その日を境に、スクードの喜怒哀楽は徐々に息を吹き返し始めた。


「どうだ?うまいだろう」


リベルタが両手を腰に当てて胸を張る。

リベルタが作ったオムライスを完食し、真顔でスクードは言う。


「そうだな。お前の剣の腕はノミ並みだが、飯を作りの腕は人間レベルだ」

「え、人並み?結構自信あったんだけどなぁ」


尻尾の垂れた犬のようなリベルタにスクードは笑いかける。


「なんてな。うまいよ。今まで食べたものの中で五本の指には入る」

「やったぁ!」

「褒められたら即尻尾を振るなんて…やっぱりお前は駄犬そのものだな」

「ひでぇ言い草だ」


リベルタは頬を膨らませる。

スクードは己が微笑んでいることに気づいている。


リベルタと話しているのは楽しい。


今はそう自覚していた。


***


ある日の魔王軍との戦いでのことだった。


チッタの街。

鉱山で発展した豊かなその街は戦場と化していた。

死体があたりに転がっている。


燃え盛る火の中で、二人は剣を手に敵を薙ぎ払う。


魔王軍はどこか戦闘慣れしていないようだった。

幼い頃から訓練の日々を送っていたスクードにとって切り倒すのは造作もないことだった。

また、リベルタも相当な剣の腕をしていた。

ディニタが指揮を執り二人は戦場で舞う。


と、スクードは目の端に二人の子供の姿を捉えた。

小さな弟を、身を挺してかばう姉。

魔王軍の者が剣を振りかざす。


とっさに足が動いた。


自分でもおかしいと思った。

自分はこうするべきではないと。


だが、弟をかばい震える姉。

それを見過ごすことがスクードにはできなくなっていた。


スクードは心を取り戻していた。


子供たちの前に身を差し出す。

死んだな。

そう思い目を閉じた。


あの使命を果たすなら、ここで死ぬのも悪くないと思った。


「スクード!!」


叫び声に目を開けると、子供をかばうスクードをさらにかばうようにリベルタが前に出ていた。

魔王軍の剣がリベルタの左肩を切り裂く。


「っ―!」


リベルタは苦痛に顔をしかめたが、次の瞬間には敵の腹を切り裂いた。

スクードは立ち上がり、怪我を負ったリベルタに群がる敵どもを一蹴する。


「クズ共が…!リベルタに近寄るな!」


敵軍が去っていく。

ディニタはそれを用心深く確認している。


子供は守り切った。

だが、彼らはこの街の唯一の生き残りの様だった。

魔王軍は女子供関係なく、村ごと破壊する。


リベルタは子供たちと何か言葉を交わしている。

それを無視し、スクードはリベルタに近寄り、その背を思いっきり蹴った。


「痛ぇ!?何すんだよ、スクード!?」

「馬鹿野郎が!」


スクードは思い切り叫んだ。

リベルタはあっけに取られている。


どうして怒鳴られているのか分からないのだろう。

それが余計に頭にくる。


「俺は勇者の盾で、お前は勇者だ!なのに、勇者のお前が盾である俺をかばってどうする!?」

「でも―」

「でもじゃない!お前は唯一無二の勇者だ!生きろ!生き延びろ、馬鹿が!!」


スクードは叫んで気付いた。

これが自分の本心だと。


そして、胸が締め付けられた。

自分は使命を果たさなければならないのに。


唖然としていたリベルタがふわりと頬を緩めた。


怒鳴られたのに何を考えているんだこいつは。


苛立ちながら睨むスクードにリベルタは返す。


「分かった、生きる。生き延びてやるさ!でもさ、スクード。俺はお前に隣にいて欲しいなぁ」

「は?何言って…俺はただの盾だ。ただの道具だ」

「違うだろ?お前は俺の唯一無二の友達だ。生きて、生き延びてくれよ、スクード」


先ほどの自分の言葉を反復させたようなリベルタの言葉。

スクードはうまく返事を返せなかった。


気付いてしまった。


もうただの道具ではいられないことに。

リベルタを大切に思い、そして、彼に大切に思われている自分に。

そしてそれが嬉しいと思う心に。


「分かったよ…」

「ありがとう、スクード」


リベルタは屈託のない笑みを見せた。

その様子をディニタがじっと見ていたことをスクードは見て見ぬふりをした。


***


その晩のことだ。


スクードはディニタに呼び出された。

宿屋の裏の狭い路地。

乾いた夜の空気が肌を刺す。


ディニタの平手がスクードの頬に飛ぶ。

スクードはいつものように死んだ目でそれを受ける。

ディニタの顔が苦し気に歪む。


「勇者に感情移入をするなとあれほど言っただろう」


スクードは何も答えない。

口答えするとまた暴力が待っているだけだ。


「忘れるな。お前の使命は勇者を守ること。そして…。言ってみろ、スクード」


ディニタに言われスクードは口を開く。


「魔王を倒した勇者を殺すこと」


何度も言わされた自身の使命。

だが、その言葉がどれほど恐ろしい意味を持っているのか今までは考えもしなかった。


「そう、それでいい」


ディニタはそう言い、用事があると宿屋から離れていった。


部屋に戻ると、リベルタがぎょっとする。

ディニタの平手の跡がついているのだろう。


「…大丈夫か?」


スクードは頬に手を当てる。


「ああ、これくらい大丈夫だ」

「違う」


リベルタの蒼い目がスクードをのぞき込む。


「お前、泣いてるぞ」

「え」


言われて始めて気づく。

頬に涙が伝っていた。

乱暴に目元をふき取るが、涙は溢れてくる。


慌てふためくリベルタは何ともおかしい。

面白くって、それでいて、暖かい。


殺したくない、殺したくない、殺したくない!


スクードの心は叫んでいた。

自分は使命を果たさなければならない。

リベルタが魔王を殺せば次は自分が勇者であるリベルタを殺さなければならない。


涙が止まるまで、リベルタは傍にいてくれた。


はじめは涙が泣き止むようにと面白い話をしようとしたりなどしていたが、そのうち諦めたようだ。

黙って側にいてくれた。


それがどれだけ嬉しかったか。


先に寝こけてしまったリベルタの寝顔を見て呟く。


「生き延びてくれ」


スクードはリベルタの頭をそっと撫で、自身も目を閉じる。


使命を果たしたくない。

ならばどうすればいいか。分かっている。

自分が死ぬのが一番手っ取り早い。


だが、リベルタの言葉が耳の奥で響く。


『お前は俺の唯一無二の友達だ。生きて、生き延びてくれよ、スクード』

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