第37話 誕生日パーティ

その後、アリシヤがタリスとロセに怒られたことが一つ。


「何で誕生日って教えてくれなかったの!?」

「どうして誕生日と言わなかったの!?」


と、言うことで、皆の休みが重なった今日。

アリシヤの誕生日パーティが行われる。

場所は、今のアリシヤの帰る場所。酒場“オルキデア”である。


今日は貸し切りだ。

店主でありタリスの姉・セレーノはご機嫌に料理を用意している。


「アリシヤちゃんの誕生日なんて張り切らずにはいられないわ」

「セレーノさん。やっぱり手伝います」

「今日の主役が何を言ってるの。アリシヤちゃんは座って楽しみにしておくのが仕事なの」


そういわれて、アリシヤは大人しくカウンター席に座る。

パーティは午後六時から。

今は午後五時だ。あと一時間。


パーティなんて初めてだ。

いや、あれもパーティだった。


アリシヤの誕生日の日だけ、ルーチェはアリシヤに何でも好きなものを買ってくれた。

アリシヤは遠慮していつも一つだけ、好きなものを買ってもらっていた。

幼い頃はおもちゃだったり、本だったり。


だが、あることに気づいてから食べ物を選んだ。


去年の誕生日の事を思い出す。


「毎年言っているが…他の物でもいいんだぞ。髪飾りやペンダントなんかでも」

「いいの。だって食べ物だったらルーチェと一緒に食べられるから」

「そうか?」

「そう。それに」


アリシヤは俯く。


「こうやってルーチェと食卓を囲めるのもあと一年でしょう?」

「…まだ、一年あるさ」


そういってルーチェは優しく微笑んだ。


ある年から気づいてしまったのだ。

アリシヤの誕生日とはルーチェと別れるまでのカウントダウンだと。

だから、少しでも楽しい時間を分かち合いたくて、二人で楽しめる食べ物にしていた。

ささやかだが楽しいパーティ。


アリシヤは天井を見上げた。

そうしないと涙がこぼれそうだった。


午後五時半。


オルキデアに駆け込む者がいる。

フリルとリボンのたくさんついたモノクロの服を着る少女。

手には大きな紙袋を抱えている。


一瞬誰か分からなかった。だが—


「ロセさん!?」


普段の大人しい城の制服とは一転。

いわゆるゴスロリファッションというやつだ。

驚きの隠せないアリシヤに対して、セレーノは目をキラキラさせている。


「あらあら、この子が噂のアリシヤちゃんのお友達?」


嬉しそうなセレーノに、ロセはぺこりとお辞儀をする。


「はじめまして。ロセと言います」

「ロセちゃん。よろしくね。私はセレーノ」

「よろしくお願いします」

「アリシヤちゃんからいつも話は聞いているの。とっても美人のお友達ができたって。お会いできて嬉しいわ」


セレーノから放たれるキラキラオーラ。

タリスと似たところがあるが、大丈夫だろうか。

一瞬不安に思ったアリシヤだったが、杞憂に終わる。


「わ、私もお会いできて嬉しいです」


かすかに頬を赤らめ、ロセが俯きながら答える。

よかった。これなら喧嘩にはならなさそうだ。


照れていたロセが、ふっと顔を上げる。

妙にきりっとした顔。


「ところでセレーノさん。着替えのできる部屋はありますか?」

「んー?アリシヤちゃん、お部屋貸してあげてもいい?」

「大丈夫ですよ。でもその服着替えちゃうんですか?」


せっかく可愛いのに、とこぼしたアリシヤにロセがにっこりと笑う。

普段見ない顔だ。

それでいて妙に威圧的


「着替えるのは私ではないわ」

「え?」

「誕生日なのだから特別な服を着てもらわないと」


それから数十分。


「ろ、ロセさん。これはちょっと恥ずかしいです」

「あら、私の服は可愛いとほめてくれたのに?」

「ロセさんは似合ってるからいいんです…!」

「貴女もよく似合っているわ。胸を張りなさい。可愛いお洋服が台無しになるから」


そういわれて、アリシヤは「うぅ」とうなりながらも背筋をしゃんと伸ばす。

階下からセレーノの声がする。


「勇者様とタリス、着いたよー」


この格好で行くのは恥ずかしすぎる。


「ロセさんやっぱり」

「さあ行くわよ」

「え!?」


楽しそうなロセに手を引かれ、アリシヤは否応なしに階段を下る。

そこにはたくさんの料理とセレーノ、リベルタ、そしてタリスがいる。


「ど、どうも…」


アリシヤの今の格好。


胸元にフリルのたくさん付いた、シャツ。

ハイウエストなレースのフレアスカート。

靴は今まではいたことのないようなリボンを纏ったパンプス。


と、セレーノがアリシヤに抱き着く。


「セレーノさん!?」

「何その服!?すっごい可愛い!」


セレーノはアリシアをぎゅっとした後、ロセの方を見る。


「ロセちゃんありがとう…!私も常々アリシヤちゃんに可愛い恰好をしてほしいと思っていたの!」

「私も思ってました」

「気が合うね。後で、話しましょう」


謎のタッグができてしまった。


薄ら恐ろしいものを感じながらも、ふと、目線をタリスにやる。

こんな格好をすれば、きっと似合う似合わないに限らず褒めてくれると思っていた。

うぬぼれだったようだ。ノーリアクション。真顔だ。


急に恥ずかしくなって、アリシヤはロセの手の裾をきゅっと掴む。


「や、やっぱり着替えます」

「似合ってるのに?」


リベルタがなんでもない風に首をかしげる。

この人はさらりとそういうことが言える人だ。

そして天然だ。


セレーノがアリシヤのもとを離れる。

かと思えば、タリスの背中を急にはたいた。


「あんた、可愛い女の子が可愛い格好してるんだから、反応ぐらいしたらどう?」

「い、いえ。セレーノさん、そんな無理には」


アリシヤがなだめる。

似合っていないならコメントは不要だ。


タリスはふっと我に返ったようで慌てふためく。


「ち、違うよ!?すごく似合ってる!その…ごめん」


タリスが顔を逸らす。


「…あまりにも可愛いから、俺、うまく反応できなかった。ゴメン」

「へ?」


タリスの声に素っ頓狂な声を上げるアリシヤ。


タリスはいつか言っていた。自分は嘘が付けない質だと。

そして、タリスの本音が出る時の「俺」という一人称。


アリシヤは、ぼんっと音を立てて顔を真っ赤にする。


ロセが、小さく舌打ちをしたのが聞こえた。

リベルタは「若いなぁ」などと漏らしている。


「もう仕方ないなぁ。皆早く席について。パーティを始めましょう」

「はーい」


セレーノの声に皆で返事をする。


パーティが始まる。

にぎやかな祝い。


アリシヤはその中で決意を固める。


もう、どれだけ待ってもルーチェは真実を告げてくれない。

フィアもいずれの時にしか真実をくれない。

なら、もう待たずに自分で進もう。


お酒が入って、盛り上がる皆の顔を見渡す。


ロセ、リベルタ、セレーノ、タリス。


それからこの王都に来てアリシヤを形作ってくれた全ての人に感謝を込めて。


アリシヤは手元にあったグラスに口をつけ、くっと飲み干した。

そして盛大にむせる。


「これ、お酒ですよね!?」

「あら、ごめん。グラス間違えちゃった?」


セレーノが首をかしげた横で、ロセがふっと目を逸らした。


「ロセさん?」

「だって、アリシヤにも飲んでほしいじゃない!寂しいよぉ!」


声が大きい。酔っている。

それでもってアリシヤに抱き着いてくる。


「おいこら、ロセ。お前そこ、代われ」


そんなこと言うタリスもおそらく酔っている。

リベルタはいつも通りけらけら笑っている。

ロセとタリスにめんどくさく絡まれる。


だが、悪くない。いや、楽しい。


にぎやかな誕生日パーティは夜中まで続いた。

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