第36話 存在証明

アリシヤはふらふらと、王族の庭園を後にする。

眠気はとうに飛んでしまった。

残ったのは、寒気と恐怖。


フィア女王の友人。


赤い髪を持ったエレフセリアという人物。

彼らが担った役割。

いずれ告げられるという真実。


何かが揺らいだ。


自分は髪が赤いだけのただの人間のはずだ。

なのに、どうしてフィア女王と関りがある?

フィア女王の言う真実とルーチェが持つ真実が一緒だったのなら、ルーチェは何者だったのだ?


そして―“私”とは何だ?


何も知らない。

私は私のことを全く知らない。


中庭を後にし、東棟に入る。

いつもの石の階段がぐにゃりと歪んで見えた。


恐ろしい。

“私”は本当に人間なのだろうか。

何か恐ろしい化物なのだろうか。


「アリシヤさん…!」


重心が、急に上がるのを感じる。


「ふぅ、セーフ…。大丈夫か?」


その声にハッとする。

意識がはっきりとする。

どうやらリベルタに抱えられている。


「…勇者様?」

「階段から落ちたら大怪我するぞ」


リベルタに降してもらい、話を聞くとアリシヤはふらつき階段から真っ逆さまに落ちそうになっていたという。


「た、助かりました…!ありがとうございます」


アリシヤは慌てて頭を下げる。

リベルタがいなければ大惨事になっていただろう。


「ああ。それより顔色が悪いな。大丈夫か?」

「大丈夫です」


アリシヤは笑って答えた。

そして気づく。

ああ、確かに嘘をついているとき笑っているなと。


***


リベルタとともに休憩室に戻ると、タリスとロセが駆け寄ってくる。


「アリシヤちゃんどこ行ってたの!?」

「え、ちょっと中庭に空気を吸いに」

「急に消えたからびっくりしたじゃない!」

「言いましたよ」


頬を膨らませるロセに、心配げにこちらをのぞき込んでくるタリス。

タリスの緑の瞳と目が合う。


「顔色、更に悪くなってるね」

「いえ、そんなことは―」

「ほら。笑ってる」

「そうかもしれません」


笑顔でそういった。途端、目の前が霞む。


「あれ?」


気づけば涙があふれていた。

ぼろぼろと大粒の涙が目からこぼれ落ちる。

止めたいのに止められない。


「ごめんなさい」

「いいの。でも何があったか教えなさい」


ロセがアリシヤの肩をそっと抱く。

タリスの方に向けてしたり顔をしているのが見えて、アリシヤは泣きながらも思わず笑ってしまう。

緊張がほぐれていく。


「うまく話せるかどうかわかりませんが…」



アリシヤは話した。

ルーチェの事。一五歳になったら真実を教えてくれると誓ったこと。

今日は一五歳の誕生日の事。


さすがにフィアのことは言えなかった。

口に出すのが恐ろしいことのような気がして。


「私はちゃんと人間なのかな、なんて思ってしまって。でも、もう大丈夫です」

「アリシヤちゃん、また笑いながら嘘ついてる」


タリスの苦笑にアリシヤは思わず口元を押える。

どうやら本当にそういう癖のようだ。

アリシヤは観念して口を開く。


「…ごめんなさい。本当はすごく不安です。“私”は何者なのか。どういった生き物なのか。本当は魔王のような化物なのではないか。」

「アリシヤさんは人間だよ」


答えを返してきたのはリベルタだった。

見上げるとリベルタがにこりと笑う。


「そして、俺の仲間だ。大丈夫。アリシヤさんが何であろうとも、俺は見捨てたりしない」


リベルタの力強い言葉に、アリシヤの目からまた涙が落ちる。

タリスがずいっとリベルタの前に出る。

どこか拗ねたような表情だ。


「それでいて、僕と姉さんの家族だから…!」


勇者様だけじゃないから…、と頬を膨らませる。


「また勇者様にいいとこ取られた」

「え?悪い…?」

「無自覚なんですよね!?知ってた」


タリスとリベルタの掛け合いの中、ロセがアリシヤから顔を逸らす。


「あなたは…私の…その、友達…でもあるわ」

「え?お前、アリシヤちゃんと友達なの?」

「そうよ、何度も言ってるでしょ?」


また、タリスとロセが喧嘩を始めた。


ああ。


アリシヤは思う。


自分が何であれ、この人たちのおかげで“私”は“今の私”として成り立っている。


今まではルーチェという拠り所だけが自分を証明していた。

それを失って揺らいでいた自分がいたことに今更気づいた。


「あの」


アリシヤの涙声に三人が顔を上げる。


「ありがとうございます」


心からの笑顔でそう言えた。

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