第33話 手招き
「ほんっとうに、すいません」
図書室近くの休憩室の椅子に座り、アリシヤはタリスに頭を下げる。
役人たちの休憩にはまだ早いこの時間、休憩室は空いている。
貸し切りのようなものだ。
今はアリシヤとタリスの二人きり。
リベルタはアウトリタに用事があったようで、どこかに行ってしまった。
「誰にでも、眠い時はあるよ」
「うぅ…でも仕事中に寝てしまうなんて。不覚です」
「確かにそうかもしれないね。だけど僕は―」
タリスが、ふっと距離を詰めて、目をのぞき込んでくる。
「アリシヤちゃんを寝不足にさせたのは何かな?僕はそれが気になるな」
無駄な王子オーラ。最近慣れてきてはいるが、まぶしい。
今日もタリスは顔がいい。
だが、アリシヤは理由を言うつもりはない。
大したことではない。そう自分に言い聞かせて。
「夜中に目覚めてしまっただけです。なんでもないですよ」
アリシヤは笑って答える。
すると、タリスが顔を曇らせる。
「アリシヤちゃん、嘘つくとき笑うよね」
「え…?」
思わぬことを言われアリシヤは困惑する。
意識したことはないが、他人から見たらそうなのだろうか。
「い、いや。楽しいから笑うこともたくさんありますよ…!」
「っていうことは、今のは嘘だ」
にやりと笑うタリスに、アリシヤは、あ、と声を漏らす。
「鎌かけましたね?」
「ふふ、どうだろう」
「タリスさんのいじわる…」
アリシヤがむっと頬を膨らますと、タリスが急に顔を逸らした。
気に障ったのだろうか?
「タリスさん?」
「待って、アリシヤちゃん…かわっ…」
「は?」
アリシヤが怪訝な顔をタリスに向けた時、ふっと視界が遮られる。
「こんにちは」
凛とした声。ロセだ。
ロセが、タリスとアリシヤの間の席に座ったため視界が一時遮られたのだ。
なぜそこに座ったのだろう。
タリスとロセは犬猿の仲だ。
ロセがわざわざタリスの横に座るなんて。
だが、そんな疑問はすぐに解ける。
ロセはタリスに背を向け、アリシヤに向かい合う。
なるほど、タリスなど元から眼中になかったのか。
「今日、朝から顔色が悪いけど大丈夫?」
「え、そうですか」
「そうよ。少し顔が青いわ。何があったの?」
ロセにまで見破られていたとは。
アリシヤは愕然とする。
その後ろでタリスがロセにきつい視線を送る。
「それ、今僕がアリシヤちゃんに聞いてたところなんだけど」
「私に話してごらんなさい。聞いてあげるわ」
タリスの言葉を華麗にスルーし、ロセはアリシヤに語り掛ける。
後ろでタリスが「無視かよ!?」と荒れている。
ロセは自然な流れでアリシヤの手を取る。
「大丈夫。私は後ろの煩い猿と違ってちゃんと話が聞けるから」
「誰が猿だ…!クレデンテの犬が!」
タリスのその一言がロセの尾を踏んだようだ。
ロセがアリシヤの手を優雅に下ろし、ふっと振り返る。
タリスに向かうロセの表情は、敵を威嚇する猫そのものだ。
「何を言ったのかしら?私は人間の言葉しか分からないのだけど」
「おや、俺の話す言葉が分からないと言うことはずいぶんと知性が低いようで」
「私は猿の話す言葉なんてわからないと言っているの」
また始まってしまった。
アリシヤは諦める。
この程度の低い喧嘩はどう止めようが止まらない。
むしろ止めよとするほどこじれる。
今までの経験でアリシヤは悟っていた。
二人を刺激しないようにアリシヤは机に腕を置き、その上に頭を置いて寝る態勢に入る。
窓から暖かな日が差している。
中庭が見える。美しい光景だ。
うとうととその様子を眺めていると、その光景の中に一人の女性がいるのがわかる。
金色の長い髪をポニーテールにした美しい女性だ。
その女性はこちらの方を見上げている。
目があった。
彼女はこちらと目が合うと、何かを考えるそぶりを見せた。
そして、ぱっと顔を上げ、手招きをする。
アリシヤの知り合いではない。タリスかロセに用だろうか。
喧嘩する二人に目線を映し、首をかしげて見せると、中庭の彼女は首を横に振りまっすぐアリシヤの方に手を向けた。
まるで、「あなただよ」と、言っているようだ。
アリシヤは不思議に思いながらも席を立つ。
「ちょっと、外の空気を吸ってきます」
二人に小声で告げ、アリシヤは休憩室を抜け出した。
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