第31話 視線の意味
アリシヤもベンチから立ち上がる。
今日のところは帰ってセレーノの手伝いでもしよう。
そう思い、中庭から廊下に移ると、廊下の真ん中に一枚の紙が落ちている。
拾ってみると何かのメモのようだ。
「『人と仲良くなる方法』…?」
メモには様々なことが書かれていた。
食べ物、贈り物などなど。
その中で会話、という欄に何重にも線が引かれている。
先ほどからここを通ったのはおそらくロセだけだ。
勇者様と仲良くなりたいのか…!
アリシヤは一人納得する。
わかる。その気持ちはよくわかる。
ロセは不器用な性格だとリベルタは言っていた。
従兄であり伝説の英雄であるリベルタ。
仲良くなりたいのはやまやまだろう。
そう思うとロセに親近感が持てる。
だが、このメモ。
もし、アリシヤがロセの立場で『人と仲良くする方法』というメモを他人に見られたと思ったら。
正直言ってかなり恥ずかしい。
アリシヤは考える。
図書室に行ってこっそり置いてこよう。
アリシヤは足を速めて、東棟に向かう。
廊下の曲がり角。
メモに書かれた綺麗な文字を見ていたアリシヤに衝撃が走る。
「ふぎゃ」
目の前には白い城の制服を着た男がいる。
どうやら彼にぶつかったようだ。
「申し訳ありません」
アリシヤは頭を下げる。
男は何も返さない。
顔を上げると、男は侮蔑の目でアリシヤを見下し、アリシヤのぶつかったあたりをしきりに払っている。
「いやだいやだ、悪魔に触れられてしまった」
男はそう言って、深々とため息をつく。
「君、エルバの村を救ったようじゃないか」
「いえ、私は何も―」
「謙虚なことで。だが、そうだ。お前のような悪魔は何もできない。人を不幸にすることしかできない。お前は悪魔だからな」
男はそう吐き捨てた。
あからさまな悪意にアリシヤは言葉を返さない。
悪意のある人間は何を言っても悪意で返してくる。
それは今までで十分知っていた。
だから、何も言わない。
アリシヤは黙ってやり過ごそうとした。
だが、それに反論するように声が聞こえた。
凛々しく張りのある声。
「何も出来ないのはあなたの方じゃないの?」
アリシヤは思わず振り返る。
そこにはロセがいる。
「人の悪口を言うしか能のないあなたが人の功績に口を出す権利はないわ」
「なっ…あ、ロセ様。ですがこいつは」
「そう、赤色ね。だけどエルバの村の人々を救ったのは嘘じゃないわ。私は口先の人よりも実績を持つ人を信用するわ」
ロセがそう言い放つと、男はぐっと奥歯を噛みしめて去っていった。
アリシヤは呆然とする。
ロセがかばってくれた。
「あ、ありがとうございます」
アリシヤは面食らいながらも、ロセに礼を言う。
「大したことではないわ。私は事実を述べただけ。勘違いしな―」
そこで、ロセの顔に緊張が走る。
固まったロセの目線を追うとアリシヤの手元へ。
正確に言うとアリシヤの手元にあるメモへ。
やはりロセのものだったか。
アリシヤはそのメモをロセに差し出す。
「あ、あの、私は何も見てませんから!でも、勇者様はきっと誰にでも優しいからすぐにお友達に―」
「違うわ」
「え」
ロセの小さな言葉にアリシヤが顔を上げると、ロセがそっぽを向いている。
だが、見えるその横顔は真っ赤に染まっている。
「違うの…」
「ロセさん?」
「一週間前。あなた、私の悪口を言っていた男たちを追い払ってくれたでしょう?」
アリシヤは首をかしげる。
そんなことがあったようななかったような。
「そうでしたっけ?」
「そうなの!」
急にロセが、アリシヤの手を握り、向かい合って目を見つめる。
「あなたが覚えていなくとも、私とっても嬉しかったの!だ、だから…あ、あなたと…」
そこまでいてロセが俯く。
そして小さな声で言う。
「あ、あなたと…友達になりたいな、と思って…」
アリシヤはぽかんと口を開く。
ロセは、リベルタではなくアリシヤと友達になりたいと思っていたのだ。
嫌われているとばかり思っていたし、実際嫌われていたのだろう。
だが、今こうしてこういってくれている。
アリシヤの心臓が跳ねる。
「あの、ロセさん」
アリシヤが口を開くと、ロセがバッと手を離し、慌てふためく。
「ご、ごめんなさい。急に手をつかんだりして。私としたことがはしたなかったわ…!そ、それだけ言いたかっただけなの…!じゃあ!」
去ろうとするロセの手を今度はアリシヤが掴む。
ロセは焦りと照れからか、もはや涙目である。
「その、ロセさん。とっても嬉しいです」
「え」
アリシヤは思ったままの言葉を伝える。
「私…今まで友達いたことがないんです」
赤い髪に赤い目。
逃げるように町を転々として暮らしてきた。
ルーチェという良き理解者はいたが、同じような年ごろの友達なんかいたことがない。
「だから、本当に嬉しいです。ぜひ、お友達になってください」
アリシヤはロセの手を離し、ぺこりと頭を下げた。
「顔を上げて」
ロセに促されアリシヤは顔を上げる。
ロセは腕を組み、横目でアリシヤを見ながら告げる。
「そ、その私はロセ。ロセ・ジオーヴェ。気軽にロセって呼んでちょうだい」
「わかりました。私はアリシヤです。好きなように読んでいただけると嬉しいです。ロセさん」
「もう、ロセでいいのに」
「え、あ!?しまった…!で、でも落ち着かないのでロセさんでいいですか?」
「全く、仕方ないわね」
ロセがふっと笑った。
華やぐような素敵な笑顔だった。
それから、ロセとアリシヤは中庭のベンチで話をした。
ロセも実は今日は休日らしい。
だが、図書室にいるのが落ち着くから図書室にいたらしいのだ。
「え、ロセさんも『勇者伝説』好きなんですか」
「ええ。何度も読んだわ」
「私もです」
愛読書の話で一通り盛り上がり、夕暮れまでベンチで話した。
「また、休みの日を教えなさい。今度は王都の中の私の好きなお店を紹介するわ」
「いいんですか?ぜひお願いします」
アリシヤは自然と笑顔になった。
それに応えるようにしてロセも微笑む。
アリシヤにとって充実したある休日の事であった。
***
ロセはアリシヤと別れ、城の中の教会へ向かう。
それにしても。ロセの顔が緩む。
アリシヤは可愛い。
まず、見た目が美少女だ。可愛い恰好をさせたい。
そして、あまり可愛い恰好をしたことがなさそうだから初々しい反応が見れるだろう。
そう思うと楽しみだ。
そんなことを考えながら教会にたどり着くと、教会の神父・クレデンテが迎えてくれた。
白髪の混じったグレーの髪。
優しそうな初老の神父だ。
「ロセ。こんばんは」
「こんばんは。クレデンテ様」
ロセは、今の家長であり、父のヴェータよりクレデンテを信頼していた。
ヴェータは短絡的なところがあり、あまり好きではない。
クレデンテが優しくロセに微笑みかける。
「今日、中庭であなたと赤の方が仲良く話しているのを見かけました。お友達になれたのですね」
「ええ。何とか」
「あなたは、お友達を作るのが苦手だと思っていましたが…よかったですね」
クレデンテの言葉にロセは顔を真っ赤に染める。
クレデンテが言葉を続ける。
「ロセ。あの子と友達になったのは、お家のためですか?」
「いえ、違います」
ロセは首を横に振る。
「クレデンテ様。あなたのお役に立ちたいからです」
「そうですか」
クレデンテは目を伏せる。
「ロセ。ありがたい話です。ですが、あなたがいつかひどく傷ついてしまうのではないかと、私は心配です」
「それでも。それでも私はこの国を守りたい。そのために、私は私の為すべきことをします」
「そうですか。なら止めません」
あなたに神のご加護がありますように。
クレデンテの言葉を聞きながらロセは神に祈りをささげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます