第30話 コキノの一族
そもそも魔王軍というのは、今から八百年ほど前にこのレシの国に侵攻してきた者たちの事である。
赤い髪、赤い瞳を持ち、不思議な力を有する彼らは、自らのことを『コキノの一族』と呼んだ。
アリシヤは歴史書を繰りながら目を見開く。
『コキノの一族』。初耳だ。
アリシヤは無意識のうちに自分の髪に触れる。
この赤い髪、赤い瞳。
自分のルーツは魔王軍の『コキノの一族』にあるのだろうか。
歴史書を閉じ、次はエルバの村の郷土史の本を開く。
エルバの村は、魔王軍の拠点にされていた。
山賊たちがアジトとしていたのはその拠点の廃城であった。
アリシヤはその中で、気になる記述を見つける。
エルバの村の拠点には魔王軍の幹部が一人配置されていた。
彼の名はデイリア。
彼は勇者であるリベルタに敗れた後、敗走。そのまま姿を消したという。
アリシヤはカバンから取り出した黒いノートを見つめる。
読めない文字。
これは『コキノの一族』の文字ではないか。
それでいて、魔王軍の幹部デイリアが記したものではないか。
そのようなものであれば、これは上のアウトリタに預けたほうがいいのではないか。
本を閉じ、ノートとにらめっこしていると、ぐぅ、と腹が鳴った。
壁に掛けられた時計を見ると、正午を過ぎている。
とりあえず、休憩にしよう。
アリシヤは本を直し、図書室の出口に向かう。
と、ロセがまた目を逸らした。
なぜここまで目を逸らされるのであろうか。
不審に思いながらも、図書室を後にし、中庭に向かうアリシヤであった。
***
美味しい。
アリシヤは、セレーノが包んでくれたサンドイッチをほおばり、幸せなひと時を過ごしていた。
ここは中庭のはずれ。
多種多様な植物が美しく植えられた癒しの空間だ。
「ごちそうさまでした」
アリシヤは手を合わせて、食事を終える。
ベンチに座りながらふぅ、と息を吐いた。
カバンの中の黒いノート。
これのせいで朝から妙に緊張してしまった。
アリシヤはノートを取り出し、じっと見つめる。
どうしたものか。
「あれ?アリシヤさん?」
声に振り返ると、白髪褐色肌の男が首から掛けたタオルで汗をぬぐっている。
「勇者様」
「今日、休みだろ?どうした?」
「少し、調べ物をしていて」
「へぇ!隣、座っていいか?」
アリシヤが頷くと、リベルタはアリシヤの横に腰を下ろす。
アリシヤは少し迷ったが、やはり上司であるリベルタに相談すべきだろうと思いいたる。
「勇者様。相談がありまして」
「お、なんだ?」
「実は―」
アリシヤは朝、このノートを発見したことから、自分の調べたことからの見解までを述べた。
リベルタはノートを捲りながら眉間にしわを寄せる。
「全く読めない」
「やはり、魔王軍…コキノの一族の文字なのでしょうか?」
「どうだろうなぁ…」
ノートを上に持ち上げたりしながら、リベルタはその文字を睨んでいる。
が、すとん、と手を下ろす。
「うん!考えてもわからんな!」
「へ?」
「魔王軍の文字ってさ、確認されてなくって解読不可なんだわ」
「そうなんですか!?」
「うん」
リベルタは首を縦に振る。
「だからさ、このノート。正直言って謎の文字が記されているだけのただのノートだ。はい、返す」
アリシヤはリベルタからノートを受け取り呆然とする。
なにか不味いものを発見してしまったと思ったが意味が分からなければただの紙束だ。
そんなアリシヤを見て、リベルタが笑う。
「だから、思いつめることなんてないんだぜ。アリシヤさん」
「ふぇ?」
「眉間に深ーい皺、寄ってたからさ。それはただのノートだ。まあ、今後何かあるかもしれないから取っといた方がいいかもしれないけどな」
全くこの人には敵わない。
アリシヤはふっと気が楽になるのを感じる。
リベルタと話しているとこういったことが多い。
やはりこれも勇者としての素質なのだろうか。
いや、彼の人柄によるものだろう。
「ありがとうございます。勇者様」
「ああ」
にこりと笑ったリベルタが、急に後ろを振り返る。
「勇者様?」
「あ、ロセか」
アリシヤも振り返ると、ロセが視線を外してどこかに向かおうとしているのが見える。
「おーい、ロセ。一緒に休まないかー」
リベルタが声をかけると、ロセは立ち止まる。
「結構です」
そういうと早足に東棟の方へ行ってしまった。
リベルタが苦笑する。
「最近、視線を感じると思って振り返ったら、だいたいロセなんだよなぁ」
「そうなんですか?」
「ああ、というか俺じゃなくてアリシヤさんを見てるんだと思うが…」
「私、何かしちゃいましたかね」
アリシヤは寸の間考えるが、関わり合いを持とうとしてないため、何かをやらかしたということはないはずだ。
だったら何なのだろう。
リベルタが口を開く。
「ロセは不器用なところがあるからなぁ」
親しみを感じるその言葉。
アリシヤは尋ねる。
「勇者様はロセさんと仲が良いのですか?」
「いや。嫌われてるな」
神妙な顔でリベルタは答える。
確かに、図書室でのいつもの言動を見ていると好かれているとは思わない。
「あのな、ロセと俺は親戚なんだ」
「へ?」
「従妹だから仲良くしたいんだけどなぁ」
レシの国は今、二つの勢力が実権を握っている。
一つは王族派。
こちらはアウトリタ・サトゥルノを家長とするサトゥルノ家の派閥だ。
そして、もう一つが、教会派。
ヴィータ・ジオーヴェを家長とするジオーヴェ家の派閥。
教会派と呼ばれる所以はジオーヴェ家が代々教会に使える者たちだからだ。
「で、ロセは今のジオーヴェ家の家長・ヴィータの娘なんだ」
リベルタはヴィータの兄であるオネスタの息子である。
オネスタとその妻はリベルタが生まれたすぐ後に亡くなり、リベルタは王都から離れた村で祖父と暮らしていた。
「だから、従妹がいたなんて全く知らなかった」
リベルタは祖父と暮らしていたところを、神託を受け取ったアウトリタに迎えられ勇者としての修行を行うことになる。
「ここで一つ問題が。俺の生まれはジオーヴェの系列だが」
「育てたのは、王族派、つまりサトゥルノの系列だったんですね」
「その通り!」
ジオーヴェとサトゥルノ。
手を取り合って国を動かしているが、互いに敵対している。
「まあ、特例はあるが」
「特例?」
「ああ、昔、剣聖と呼ばれる二人組がいてな。それぞれ王族派と教会派だったが、仲良く戦ってたらしいぞ」
「へえ」
「ああ、話が逸れたな。俺の話に戻るが、俺はサトゥルノ家の者に育てられた」
そのため、リベルタはジオーヴェ家の者からは嫌われているのだ。
「それに、ロセは勇者候補でもあったしな」
「え」
「そう。もし俺がいなければ、幼いロセが勇者という役割を背負っていただろうな」
そのこともあってか、ロセは昔からリベルタに対して当たりがきつい。
子供の時から英才教育を受け、寝る間も惜しんで修行をしていたとリベルタは聞いている。
「まあ、だからと言ったらなんだが…」
リベルタが言葉を濁す。
「うん。ロセ、な。めちゃくちゃ人づきあいが苦手なんだ」
「へ?」
「ストイックすぎてなぁ。見たところ友達もいなさそうだし、心配なんだよなぁ」
そういってリベルタは頭を掻く。
従妹の兄として心配なところがあるのか、この人は誰の事でも心配するのか。
後者な気がしてならないが。
そこからしばらく世間話をし、リベルタがまた訓練に戻ると席を立つ。
「今度は私も訓練に誘ってくださいね」
「もちろん。タリスは嫌がるかもしれないけどな」
「どうしてですか?」
「『あんなむさいところに可愛い女の子であるアリシヤさんを連れていけない』って言ってたぞ」
アリシヤはくすりと笑う。
女の子扱いしてくれることが何だかくすぐったい。
「ありがとうございます。でも行きます、ってタリスさんにお伝えください」
「分かった。じゃあ、今日は休日楽しめよー」
リベルタは手を振って去っていった。
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