第29話 視線再び

「よう、赤いの!」


城の門まで行くと、門兵ラーゴが声をかけてくれる。


「ラーゴさん、こんにちは」


頭を下げると、ラーゴが何やらキラキラとした目でこちらを見ている。

アリシヤは首をかしげる。


「ラーゴさん?」

「なあ、赤いの。俺はお前がすごい奴だって思ってたぜ?だけど出勤一日目からすげぇ偉業を成し遂げたなぁ!」

「ふぇ!?」


ラーゴに背中を叩かれる。


「エルバの町で山賊倒してきたんだって?しかも死人も出さず!もう、城ではその噂で持ち切りだぜ!新たな英雄様の誕生か!?ってな」


アリシヤは複雑な気分だった。

あの村で起こったことはそんな勧善懲悪といった綺麗事ではなかった。


アリシヤはふっと息を吐いてラーゴを見やる。


「それは大袈裟です。私は何もしてません」

「謙虚なこったなぁ!」


ラーゴはますます感心したと言って深く頷く。

話題を逸らしたくて、アリシヤはラーゴに尋ねる。


「最近、お見掛けいたしませんでしたが、ラーゴさんは門兵さんなんですよね?」

「ああ、そうだよ。けど、門兵っていうのは兵士の中で持ち回りなんだ。俺は今週担当」

「そうなんですね」


アリシヤは頷くと、ラーゴが表情を曇らせる。


「けど…実をいうと今日門兵じゃなくて中がよかったんだよなぁ」

「どうしてですか?」

「今日は、なんと勇者様が直々に訓練してくださる日なんだ!」


リベルタは普段、王家直属特別班としてエーヌのことを調べて回っている。


今日は休日のはずだが、休日を訓練に宛てているらしい。

そういえばタリスも朝早くに出かけていった。

リベルタに付き合って訓練をしているのだろう。


起こしてくれればよかったのに。


「私も訓練、受けてみたいです」

「おお、いいんじゃね!?中庭でしてると思うぜ」


ラーゴに礼を言い、アリシヤは門をくぐる。

調べ物をした後、中庭をのぞいてみよう。


ルーチェがいたころは、毎朝訓練をしていた。

今でも早朝に、セレーノに庭を借りて素振りなどはしているが、対人の訓練は行えていない。


これからエーヌについて調べるのだ。戦闘も避けては通れないだろう。


そう思うと背に冷たいものが走る。


「とりあえず、調べもの…」


アリシヤはそう呟き、東棟にある図書室に向かった。


***


華美な装飾の施された重い扉を開ける。

部屋一面の棚。紙のにおいが充満している。

図書室に一歩踏み込めば、その左手に受付の席が見える。


「おはようございます」


アリシヤは静かな声で彼女に声をかける。

綺麗に二つにまとめられた金の髪。

猫のようなロセの目が一瞬だけアリシヤを映す。


今日も返事は返ってこないだろう。


アリシヤはそう思いながらいつもの席に向かおうとした。


「おはよう…」


小さな声だった。

いつものロセの凛とした、時にはきつく聞こえる語調ではなく、弱弱しい声色。


アリシヤは思わず振り返る。

だが、肝心のロセは手元の本に目を向けていて、アリシヤの方を見向きもしない。


気のせいか。


少し残念に思いながらアリシヤは席に向かった。


***


「…うーん」


資料を机いっぱいに広げ、アリシヤは小さくうなる。


ノートに記された文字、これは何語であろうか。

この国・レシの国の旧字などを散々調べてはいるのだが、当てはまるものはない。

思ったよりも難題らしい。


アリシヤは資料たちを棚に返し、机でふっと息をつく。


このノートはエルバの村付近の地下室にあった。

ピノたちが秘密基地としていたあの地下室は、魔王軍の小さな拠点だったのではないかとリベルタは推測していた。


地下室にあったこのノート。

まさか、魔王軍の言葉で記されている…?


アリシヤは首を横に振る。


そもそも、あの木箱。ピノたちが宝箱として使っていただけであの地下室にあったものとは限らない。

それに、魔王軍はこの国の人間を操って兵にしていたのだ。

それだったら記される言葉はこのレシの国の母国語だろう。


だが、エルバの村という観点からものを調べるのは正解かもしれない。


アリシヤは再び立ち上がる。


確か、エルバの村の資料の棚は受付近くのはずだ。


アリシヤは荷物を持ち、受付近くの棚に足を向ける。


この国の歴史書とエルバの村の郷土史は…。


アリシヤはふと視線を感じ、後ろを振り返る。

すると、受付のロセがすっと横を向いた。

あからさまに顔を逸らした、といった様子である。


なんだろう。


疑問に思ったが、アリシヤは資料探しに戻る。

資料を見つけ、席に戻ろうとした時、再び視線を感じ、受付を振り返る。

また、ロセが視線を逸らした。あまりにも不自然な動き。


だが、嫌われているのだから関わり合いにならない方が自分のためだし、相手のためにもなるだろう。

そう思い、アリシヤは日当たりの悪い机に戻っていった。


その様子をロセがジッと見つめていたことも知らずに。

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