第26話 小さな勇者
それから数時間後。増援部隊が到着し、彼らを馬車の荷台に乗せた。
村人と彼らは最後の別れを済ませた。
マットが荷台に足をかける。
マットと目があった。その口が小さく動いた。
「気をつけろ」
声には出ていなかった。だが確かにそう言った。
何に?
アリシヤの疑問をよそに彼は荷台に乗り込んだ。
馬車が去った後の町は静かだった。
村人は、リベルタ、タリス、アリシヤの勇者一行に頭を下げた。
だが、皆の顔に浮かんでいるのは喜びではなかった。
アリシヤ達は別れを告げ、村を去ろうとする。
「待って!」
幼い声に振り返ると、ピノが息を切らしている。
手には大きな木箱を持っている。
「これ!勇者様に!」
そういってピノが駆けてきたのは、リベルタの方ではない。
アリシヤのところだ。
「えっと…ピノさん。勇者様はあちらですが」
「違うの!私の勇者はおねえちゃんなの!」
「え」
アリシヤは耳を疑う。
「アクマって言ってごめんなさい、お話聞いてくれてありがとう、村を救ってくれてありがとう!お母さんを助けてくれてありがとう!」
ピノが箱を差し出しふたを開ける。
「これじゃあ足りないけど、お礼したいの!受け取って!」
村を救ったかどうかは分からない。これでよかったのか分からない。
だが、言えることが一つ。
アリシヤはピノの目線までかがむ。
「ピノさん。勇者はあなたですよ」
そういうと、ピノはきょとんとした。
アリシヤを奮わせたのも、村長の意志を変えたのもすべてピノの言葉だ。
将来ピノは真実を知ることになるのだろうか。
その時ピノは自らの言動を悔やむだろうか。
それはしてほしくない。
「誰が何を言おうと、あなたは立派な勇者でした。私はそう思います」
***
そうか、徒歩か…。
すっかり夕暮れに差し掛かった空を見上げながらアリシヤは足を引きずる。
結局受け取った木箱はタリスが背負ってくれている。
だが、戦闘と緊張で体は疲れ切っていた。
何とか自身を鼓舞し、歩みを続ける。
「結局手紙の送り主、わかりませんでしたね…」
息も切れ切れアリシヤが言うと、横を歩くリベルタが今思い出した、というような顔をする。
「勇者様?」
「あ、うーんっとまあ、万事解決したしよかったんじゃないかな」
また、適当なことを言う。だが、アリシヤは引っかかる。
万事解決というような終わりではなかった。
様々な考えが頭をよぎる。
「アリシヤさん」
リベルタに声をかけられハッと顔を上げる。
「誰も死ななかった」
「え」
「それでいいんだよ」
リベルタの言葉に泣きそうになった。
本当にそれでいいとは思えない。
なにか方法はあったかもしれない。
だけど—
「ありがとうございます」
アリシヤは、リベルタの蒼い瞳を見つめ返し笑った。
と、前方から刺すような視線が飛んでくる。
タリスだ。
「置いていきますよ」
その口調はやけにつっけんどんだ。
リベルタがけらけら笑う。
「あはは、タリス。お前いつまで拗ねてんだよ」
「拗ねてません!断じて拗ねてませんからね」
振り返ってそういったかと思うと、またぷいっと前を向いてしまう。
その背に慌てて追いつきながらアリシヤは言う。
「あの…タリスさん。嘘をついたのは申し訳ないと思いますが—」
「そうじゃない!」
「ふぎゃ」
タリスがいきなり歩みを止めたものだから、アリシヤはその背に無様にぶつかる。
鼻が痛い。
タリスがふくれっ面をしながらアリシヤと向き合う。
「俺は、嘘つかれたことに怒ってるんじゃない…!」
あ、一人称俺になってる。
などとツッコミも入れることのできない剣幕である。
「一人で残る、それがどんなに危険なことか」
「へ?」
「アリシヤちゃんが、自分の身を大切にしなかったことに怒ってる」
全く予想もしてない方向の怒りにアリシヤはぽかんとする。
「そこ?」
「そこ?じゃない!」
タリスがアリシヤの頬に手を添える。
いきなりの動作にアリシヤは驚く。
「俺の怒りの原因はこれでもある!」
「へ?」
「可愛い顔に傷を作って…俺がいたら絶対こんなことさせないのに」
アリシヤの頬から手を離しタリスが腕を組む。
「そもそも女の子が一人で敵地に残すのがおかしいんですよ。今回は何もなかったからいいものの…」
タリスがぴっとアリシヤの額に指を突き出す。
「単独行動禁止!」
「わ、わかりました」
アリシヤは頷く。その横で戸惑っている人間がもう一人。
「え、単独行動禁止?」
リベルタの声にタリスが答える。
「任務以外の単独行動はやめてください。勝手に放浪するやつ。あれ、探すの大変なんですから」
「でも、町の情報とか掴んでこれるし…」
「あーもう、あなたって人は!」
タリスの怒りの矛先がリベルタに向かう。
アリシヤが胸をなでおろしたのを見たのか、タリスの目が光る。
「アリシヤちゃん、ほっとしない!」
「ひぇ」
「あーもう!王都着くまで二人とも説教です!」
夕焼けの空にタリスの声が響いた。
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