第20話 下手な嘘

村の中心地、少し広い赤茶色の屋根の家。村長の家だ。


その家の客間の椅子にアリシヤは括り付けられていた。

困ったことに武器やかばんは取り上げられている。

目の前にはしかめっ面をした村長、それからアリシヤに襲い掛かってきた男、それから涙目のピノがいる。


扉のベルがカランと鳴り、勢いよく入ってくる人物が三人。


「アリシヤちゃん!?捕まったって聞いたけど大丈夫、じゃないね!」


タリスが叫びながら入ってくる。

その後ろでリベルタはへらへらと「ほんとにつかまってるなぁ」などと言っている。

そしてもう一人はペルラだ。村長が口を開く。


「勇者殿、君の連れである赤の人。彼女はこの少女を攫い、それを取り返そうとした村民に危害を加えた」

「アリシヤさんが?」


不思議そうなリベルタの問いにアリシヤが答える。


「ピノさんをさらったというのは違います。ですが、その男が襲い掛かってきたので反撃はしました」

「なるほど。そりゃ正当防衛だ」


村長は首を横に振る。


「それは罪人の言葉。信用なりません」

「違うの!村長さん!そのおねえちゃんをつかまえたのは私なの!その人は何も悪くないの!」


ピノは必死に村長に訴えかける。彼が口を開く。


「何も悪くないことはない。村民である彼に殴りかかったのだから。子供は黙ってなさい」

「オトナなんか大っ嫌い!!」


ピノが泣きじゃくる。村長はため息をつくとリベルタに向き直る。


「そこで、勇者殿。取引をいたしましょう」

「取引?」

「もう、この土地とは一切関わらない。そうすれば赤の人を返しましょう」


なるほど、村長が下手な嘘をついたのはこのためか。

アリシヤは眉間にしわを寄せる。

もし、ここでリベルタが返事を返してしまえば、この村は永久にこのままだ。

ピノの話を聞いた今それはさせたくはない。


アリシヤはとっさに思いつく。


「待ってください」


アリシヤの声に皆が振り返る。

下手な嘘をつかれたのだ。仕方ない。下手な嘘には下手な嘘で返す。


「ピノさんが来た今、はっきりさせたいことがあります。ピノさん、少しこちらへ」


ピノがおずおずとアリシヤの前に来る。


「やはり…」



アリシヤは意味深に呟く。男の眉間にしわが寄る。


「なんだ?」

「この子は病気にかかっています」

「は?」


その場にいた人間が皆が素っ頓狂な声を上げる。


「すぐに王都で見てもらった方がいい。勇者様、タリスさん、ピノさんを早く王都へ」


アリシヤは至極真面目な顔で告げる。

村長が眉間にしわを寄せる。


「馬鹿らしい嘘はよしなさい」

「いや、アリシヤさんは医学の心得がある」


リベルタが声を上げる。タリスが目を見開きアリシヤを見つめる。

リベルタはどうやら意図をくみ取ってくれたようだ。

アリシヤは深く頷いて見せる。


「地下室。あそこは子供の遊び場になっていたようですが、かなり古いもの。体に害のあるカビが蔓延していた可能性が高い」

「じゃあ、ピノは」

「ええ、このままでは余命もあとわずか。王都で適切な処置を受けたほうがいいです。幸い勇者様には高名なお医者様の知り合いがいます。ピノさん、ペルラさん、安心してください。きっとまだ間に合います」


一息にアリシヤがそういうと、リベルタがさっとピノを担ぐ。


「わかった。この子を急いで王都に連れて行こう」

「待ちなさい」


村長の言葉にリベルタが振り返る。


「何か」

「医者をこちらに連れてきてもらおう」

「それでは間に合いません」


アリシヤは思い切って言い放つ。

村長の苦い顔にもひるまない。

が、意外なところから声が飛ぶ。


「それは本当か?」


黙って事の成り行きを見ていた男が口を開く。


「その子供が病気なのは本当か?」

「はい」


アリシヤは神妙に頷いた。

男は舌打ちすると「行け」といった。

ペルラと村長がその様子を唖然として見ている。


「ありがとう、じゃあ行くよ」

「勇者様!?でも、アリシヤちゃんは!?」


タリスの声にリベルタが答える。


「まずこの子を王都に連れて行ってから。それからで構わないな、アリシヤさん?」

「はい、お願いします」


アリシヤは縛られた状態で頭を下げる。

リベルタが男の方に顔を向ける。

いつになく鋭い表情だ。

あの表情が自分に向けられたらさぞかし恐ろしいだろう。

リベルタが告げる。


「俺は必ず戻ってくる。俺の部下だ。俺が責任を持つ。手出しするようならこちらも考えがある」

「…わかったよ」


男はしぶしぶといった様子で了承する。

リベルタはアリシヤに顔を向ける。

先ほどとは打って変わった柔らかな笑顔だ。


「じゃあ、行ってくる。ちょっと待っててな、アリシヤさん」

「はい、お願いします」


不安げなタリスが何度も振り返るのを見送る。

扉が閉まった。

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