第18話 基地
村から出て五分ほどたったところ。
見たところ背の高い草が生い茂った草原だ。
そこのある一部を子供たちが、頑張って掘り返す。
「おお」
アリシヤは感嘆の声を上げた。
掘り起こした土から現れたのは隠し扉。
扉を開けると立派な階段がついている。
アリシヤはあたりを見渡す。
大人がいる気配はない。
だが、少々不味いかもしれない。
何かわかるかと思ってついてきたが、この階段を下れば子供たちの元締めがいて自分の命が危ういかもしれない。
何かあったらすぐ逃げること。
アリシヤは下手に結ばれた紐を勢いよく解く。
「あ、う、うわぁ!!」
それだけで驚いた子供たちが散り散りになって逃げていく。
自分が逃げる前に子供たちが逃げてしまった。
「ま、待って!」
残ったのは母親と同じ茶色い髪を長く伸ばしたピノだけだった。
ピノは泣きそうな目でアリシヤを見上げる。
だが、首を強く横に振り、覚悟を決めたようにアリシヤに階段を下るように促す。
「…安全が保障されない限り降りません」
アリシヤがそういうとピノは首をかしげる。
「保障」という言葉が難しかったのか。
アリシヤは問いを変える。
「この下に誰かいますか」
「いない。ここは子供だけの秘密。オトナにみつかるまえにはやく入って!」
村の入り口に男が一人立っているのが目に入った。
あたりを伺っている。
まだこの子供を信じたわけではない。
だが、男の動きは妙だ。まるで、侵入者を探すようなそぶりだ。
もし何かあれば子供相手の方が逃げやすい。
アリシヤは身をかがめてピノの指示に従い地下の階段に身を滑らせた。
***
土臭く、冷たい風が流れている。
階段を下りきると小さな部屋に出た。
アリシヤは息を呑む。
その端に剣や槍などの武器が置かれている。
「ここは?」
「ここは子供の秘密基地。私が見つけたのよ」
ピノは胸を張ってこたえるが、その手は小さく震えている。
アリシヤを悪魔と思って怯えているのだろう。
「それで、私に何の用ですか?」
単刀直入にアリシヤが尋ねると、ピノが部屋の隅から大きな木箱を持ってくる。
開けると中には石や小枝などが入っている。
ピノが口を開く。
「これ、みんなの宝物あつめたの。アクマって宝物上げたら願いをかなえてくれるんでしょ」
「へ?」
「これ全部あげる。いるんだったらこの基地もその武器も全部全部!」
ピノがアリシヤの前に立つ。必死なその表情にアリシヤは息を呑む。
「だからお願い!エーヌの奴らを殺して欲しいの!」
ピノから飛び出した残虐な願い。
やはり子供は純真無垢なんかじゃない。
だが、ピノが冗談半分にそう言っているようには見えなかった。
アリシヤは腰をかがめ、ピノに目線を合わせる。
「ピノさん。先に言っておきます。私はそんなことはできません」
ピノが言葉を詰まらせる。俯き歯を食いしばったかと思うと、顔を上げる。
その目には涙が浮かんでいる。
「わかった…じゃあ、私の命をあげるから」
「へ?」
「私の命をあげるから!村を!お母さんを助けてよ!」
ピノの瞳から涙があふれた。
子どもは狡猾で、人を騙す。情に訴えかけて悪いことをする。そう思い込んでた。
だが、大人も同じじゃないか。
ピノに自分の中の子供というレッテルを張り、どこか見下し敵とみなしていた。
だが、違った。命を懸けてまで守りたいものがある。
アリシヤにも覚えがあった。
もし、アクマが願いをかなえてくれるなら、あの場でアリシヤは自分の命を賭してでもルーチェの生還を祈っただろう。
アリシヤは改めてピノと向き合う。
「ごめんなさい。ピノさん。私は悪魔ではありません。アリシヤというただの人間です。」
「…ただのニンゲン?赤いのに?」
目を丸くするピノにアリシヤは真摯に答える。
「ええ。どちらかと言えばただの人間なのに赤いのです。生まれつきそうなんです」
「じゃあ、私のおねがいは」
「はい、叶えられません」
そういうと、ピノの瞳からまた涙があふれてしまう。
「じゃあ、意味ないじゃん…」
「いえ、皆殺し、という物騒な願いは叶えられないかもしれませんが、対策はとれるかと」
「タイサク?」
「えーっと…エーヌを追い払うことはできるかもしれません」
そういうとピノは少し俯く。
「本当?」
「はい」
「おねえちゃんは聞いてくれるの?」
涙目のピノの言葉にアリシヤは強く頷いた。
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