第17話 村の少女

村の教会近くにある小さな家に案内される。

中に入ると木製の机と四脚の椅子がある。

促されるまま、席に着く。


「どうぞ」


ぺルラが台所からカップを三つ持ってきてくれる。

暖かい紅茶だ。香りがいい。


「ありがとうございます」


礼を言い、カップに口をつけようとしたところでアリシヤは視線に気づく。

見ると階段の陰から小さな少女がこちらを見ている。


「アクマがいる…」


その子はそう言った。

そうしてアリシヤと目が合うと体をびくりと震わす。


「こら!ピノ!」


ペルラの声も聞かず、少女は走って外へ出て行ってしまった。

ペルラは気まずそうにアリシヤに視線を送る。


「すいません…うちの子が」

「大丈夫です。慣れています」


アリシヤはそのままのことを口にする。


よくあることだ。

ひそひそとこそこそと嫌がらせをしてくる大人と違って、子供は素直にものを言う。

悪魔だとか魔王だとか。騒ぎ立てることもある。

目立つと困るというのに。

アリシヤはそういった点でも子供が苦手だった。


あの子もこの後、村で騒ぎ立てるのだろうか。なら困る。


少女が走っていった方を見つつ、タリスはペルラに尋ねる。


「あの子はペルラさんのお子様で?」

「ええ、そうです。ピノ…あの子、中々大人しくしてくれなくて」


ペルラはため息をつく。


「ああやって、いつも外に行って泥だらけで帰ってくるんです」

「あはは、元気なのはいい事だ」


リベルタはそう笑うが、ペルラは思案顔だ。

リベルタが姿勢を正す。


「何か、心配事でも?」

「うちは、旦那が早くに亡くなって、母ももういないのでピノにかまってあげられる時間がなくて」

「…失礼ですがお父上は」


リベルタの言葉にアリシヤはハッとする。


ルーチェと二人暮らし、両親の存在を知らないアリシヤにとって、ペルラが言わなかった父という存在に思いが至らなかった。


「父は…消えました」

「え」


アリシヤは思わず声を上げる。

ぺルラは、そんなアリシヤを見て切なげに笑う。


「ある日、行ってきますって言ってそのままどこかへ行ってしまったの」


まだ若いだろうぺルラの茶色い髪はところどころ白髪が混じっている。

先ほどの村長の様子を見ると祖父との仲はあまりよくないのかもしれない。

一人で頼るものもなく子供を育てていれば不安にもなるだろう。


ペルラは少し俯き、口を開きかけた。

だが、きゅっと唇を結ぶと笑顔を浮かべた。


「…ごめんなさい、お客様に。今は大丈夫よ」


その笑顔はどこか疲れているように見えた。


***


「何かあるな」

「何かありますね」


ペルラの家を後にしたリベルタとタリスが口をそろえていった。

アリシヤもそう思う。


村長の態度。ペルラの疲れた表情。


「よし、ピノちゃんを探そう」


リベルタが言う。


『エーヌが出た』と書いた手紙のことを探りに来たのに、まだそれに触れもできていない。

ピノに会えば、その友達を伝って行商人に手紙を渡した子供が誰かわかるかもしれない。


「手分けして、最終あの教会、集合。俺は東と北、タリスは西、アリシヤさんは南の方で。何かあったらすぐ逃げること。いいな?」


リベルタのざっぱくな指示のもと捜索に入る。


と言っても小さな村だ。

一周回ってもそんなに時間はかからないだろう。


南は村の入り口がある方面だ。

アリシヤはあたりを見渡しながら歩く。

農作業をしている村人がこちらをうかがっているのがわかる。

リベルタやタリスと一緒にいるといいのだが、やはり単独では警戒される。


アリシヤはフードをかぶる。


路地や家々の隙間を覗いてみたがピノの姿はない。

薄暗い家の陰でアリシヤはふっと息を吐く。


集合場所に戻ろうと、踵を返したその時、後ろからどんっと衝撃が走る。

何かがぶつかってきたような衝撃。

何とか足を踏ん張り踏みとどまったが続いてまた何かがぶつかってきた。

アリシヤは耐え切れずに押しつぶされるように地面に伏す。

背中に何か載っている。重い。


と、目の前に子供が現れる。ピノだ。


「アクマ、つかまえた!」


どうやら背中に乗っているのは子供達らしい。


強引に振りほどき、剣を構えてもよかったのだろう。

だが、流石にそうはしなかった。

この子供たちからは殺意を感じられない。


ピノの指示によって子供たちはアリシヤの手に縄をかけたが、かけかたが下手で今にでもほどけそうだ。

子供の数を数えると五人。

その五人でアリシヤを運ぼうとするものだからさすがに無理だ。


ピノが泣きそうな顔をしている。


「…あの、自分で歩きますよ」


ため息をつきアリシヤがそういうと、ピノの顔に元気が戻る。


「ふふ、じゃあ、ついてきてもらおうじゃないか!私たちのキチに!」

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