第16話 エルバの村

簡易な準備を済ませ、王都の門をくぐり外へ出る。


空は澄み切っており、天気はいい。

気温も暑すぎず寒すぎない。歩きやすい気候だ。


王都近くの整えられた街道を三人連れ立って歩く。


「エルバの村、というのはどんなところなんですか?」


アリシヤは尋ねる。

名前は知っているがどのような村かは知らない。

横に並んだタリスが腕を組む。


「そうだなぁ。特徴といった特徴もない普通の村、っていうのが適切かな」

「なるほど」


タリスの返事にアリシヤは頷く。


旅慣れたアリシヤは、そういった村を幾度も見ている。

作物・家畜を育て、日々を営む村。


穏やかな風景がアリシヤの頭に浮かぶ。

だが、アリシヤの中でどこか引っかかっているものがある。


「魔王軍の拠点が近くにあったという、あのエルバの村と同じ、ですか?」


アリシヤの問いにリベルタが目を見開く。


「よく知ってるなぁ、アリシヤさん。その通り、そのエルバだ」

「物語の中でしか読んだことがないのですが…今は—」

「ああ、今はタリスの言った通り、ごく普通の村だよ」


アリシヤはほっと胸をなでおろす。

愛読書『勇者伝説』では、魔王軍に搾取されるエルバ村のことが書かれていた。

今では復興を果たしているようだ。


「何回か行ったことがあるが…あそこはいい村だよ。穏やかで人も優しい」


そのはずだったのだが……


***


「お引き取りください」


三人は唖然として閉まる扉を眺めた。


***


二時間かけてたどり着いたエルバの村。

赤茶色の屋根で統一されたこじんまりとした家が並ぶ小さな村だ。


アリシヤは深く息を吸い込む。

空気がおいしい。


「いいところですね」

「だろ?さぁ、誰に話を聞こうかな」


リベルタがあたりを見渡す。


すると、集落の入り口近くに一人の女性が農作業をしていた。

長く伸ばした茶色い髪を一つにくくった、二十代くらいの女性だ。


「こんにちは」


リベルタが声をかけると、女性は顔を上げ、目を見開く。

それもそのはず。白い髪に蒼い目だ。一目で勇者と分かる。

口を開いた女性に、リベルタは苦笑ながら話しかける。


「はじめまして。勇者のリベルタなんだが、少しこの村で聞きたいことがあって。村長さんはどちらに?」

「あ、案内いたします…!」


裏返りそうな声で彼女は答え、畑から出てくる。

すかさずタリスが彼女の横に並ぶ。


「美しいご婦人、出会えて光栄です。僕はタリスと言います。あなたのお名前は?」


安定のタリスである。彼女は戸惑いながら答える。


「ぺルラ、です」

「貴女にふさわしい美しいお名前だ」


ふむ、なるほど。誰にでもそういうのか。

アリシヤの目はじっとりと湿り気を帯びる。

その目線に気づいたのか、タリスが一つ咳ばらいをし、アリシヤに手を向ける。


「ペルラさん、こちら私たちの仲間の」

「アリシヤです。よろしくお願いします」


彼女の目が見開かれる。が、先ほどとは少し違う。


どこか怯えたような目だ。

仕方ない。赤い見た目だ。

いちいち気にしていてはキリがない。


アリシヤは気づかないふりをして、軽く頭を下げた。


***


「こちらです」


ペルラに案内されてやってきたのは村の中心にある、一回り大きな家。

入口までは三段ほどの階段があり、リベルタが先頭を行き、アリシヤとタリスはその後ろで控える。


リベルタがドアをノックした。


出てきたのは初老の男性。

長い髭の身なりを整えたジェントルマンだ。

彼はグレーの瞳でリベルタを一瞥すると、さっと身をひるがえし、部屋に戻る。


「お引き取りください」


そういって扉を閉めた。

唖然とする三人にぺルラが申し訳なさそうに俯く。


「ごめんなさい…祖父が」

「おや、村長さんはペルラさんのおじい様なんですか?」

「はい」


タリスの問いに答えるペルラと先ほどの老人に似たところはない。

ただ、印象的だったグレーの瞳が同じだ。


「勇者様。わざわざこんな村まで来ていただいたのに誠に申し訳ありません」

「いや、いいんだ。気にしないでくれ」


快活に笑ったリベルタに彼女はほっと息をついた。

目じりの下がった優し気な印象を受ける女性だ。


「あの、よろしければお茶だけでも」

「ありがたい、そうさせてもらおう」

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