第15話 王家直属特別班

城の西に位置する棟の大きな一室。図書室。

この国の創世記から学術書が壁一面に広がる。


その部屋の端に位置する日当たりの悪い一角。

古ぼけた本の並ぶ本棚に囲まれたテーブルにアリシヤは案内される。

アリシヤとタリスを椅子に座らせ、リベルタがしたり顔で告げる。


「ようこそ、アリシヤさん。ここが我ら王家直属特別班の基地だ」

「基地…!かっこいい」


アリシヤは目を輝かす。

王家直属特別班、というのも良い。

なんだか正義のヒーローのようだ。


「いやいや、アリシヤちゃん。騙されちゃだめだよ」

「タリスさん?」

「ここ、正式な場所じゃないから。勇者様が勝手に基地って言ってるだけのただの図書室だから」

「え?そうなんですか?」


思わずリベルタの方を見る。

リベルタは堂々としたまま、「まあ、そうだな」と答える。


「あと王家直属特別班とか名前つけてるけど、基本は雑用だからね」

「え!?」

「タリスー、他に言い方があるだろ。まあ、間違っちゃいないんだけどなぁ」


勇者を雑用に使う。

この国の人事はどうなっているのだ。

アリシヤは困惑する。

それを見て取ってか、タリスが苦笑する。


「勇者様、軍の指揮官の誘いとか全部断ってるんだよ」

「堅苦しい立場嫌だしなぁ。雑用ポジションなら楽に動けていいだろ?」


リベルタらしいと言えばリベルタらしいのかもしれない。


「それに、雑用だからこそ柔軟に動ける。さて、アリシヤさん」


リベルタが背筋を正す。

緩んでいた空気が引き締まるのがわかる。

アリシヤもつられて背筋を伸ばす。


「俺たち王家直属特別班は、今はエーヌに関する情報や噂を集めるのを主な仕事としている」

「え」


アリシヤは声を漏らす。

雑用と聞いていたところからの、重大な仕事。アリシヤは息を呑む。


「ただ、不確かな情報も多い。半分以上は空振りだったりする」


なるほど。だから、身軽な立場のリベルタたちが、動くのだろう。

きっと軍の指揮官となると空振りするかもしれない情報に人を割いてはいられない。

アリシヤは、はっと思いいたる。


「じゃあ、セストに来ていたのも」

「そう。エーヌの情報があったから。あれは珍しく本物の情報だった。ただ、逃してしまったけどな」


アリシヤが初めてリベルタとタリスと出会ったセスト。

あの時も二人はエーヌの情報を追ってやってきていたのだ。


「と、言うことで、今回は—」


リベルタが声を上げたところで、本棚の向こうから咳払いが聞こえる。

呆れたようなため息とともに一人の少女が姿を現す。


「煩いと思ったら、あなた達でしたか」


頭の上で二つにくくられた美しい金の髪。

猫を思わせるような青い目。美しい少女だ。


アリシヤはその美貌に息を呑む。


「図書館ではお静かに。何度も言いましたよね」

「悪いな、ロセさん。新しい子入ったから嬉しくて。あ、紹介するな」


リベルタは右手を開き、彼女に向ける。


「彼女はロセ。この図書室を管理している。分からないことがあったら彼女に聞くといい。物知りで頼りになるぞ」

「…神経質だけどな」


リベルタの言葉に付け足すようにぼそりとタリスが呟く。

それを耳にしたロセの目がタリスをキッと睨む。

リベルタは苦笑し、今度は手をアリシヤに向ける。


「で、ロセさん。こっちは—」

「ええ、聞いています。なんでも勇者様が赤い悪魔を拾ってきたとか」


ロセの冷たい視線がアリシヤに向く。

その強いまなざしに射貫かれるようにアリシヤは固まってしまう。


「本当に、何を考えているのやら」


そういってロセは踵を返すと、どこかへ行ってしまった。


「相も変わらず愛想のない女だな」


タリスが舌打ちでもしそうな勢いで吐き捨てる。

アリシヤはそれをぽかんと見つめる。

目線に気づいたタリスがいつもの王子スマイルで微笑む。


「どうしたのかな?アリシヤちゃん?」

「とても綺麗な方だったのに」


タリスの範囲外だとでもいうのか。

いつもは女性なら誰でもかというくらい、王子対応を見せるタリスである。


「タリスは小さい女の子が好きなんだ」


リベルタの深刻そうな声にアリシヤは思わず振り返る。


「え!?そうなんですか!?」

「違う!勇者様!変な嘘つかないでください!」

「あははーでも小さい女の子も好きだろー?」

「範囲内ではありますが!」


犯罪だ!思わず口をついて叫びそうになったところで、アリシヤは言葉を飲み込む。

じっとりした目でこちらを睨む目が見える。ロセだ。


うん、確かに騒がしい。


二人もロセの目線に気づいたようだ。

皆でしゅんと静かになる。


「と、いうことで本題に戻ろう」


リベルタが声を潜めて言いながら、懐から一枚の紙を取り出す。

開かれた紙にはつたない字で『エーヌが出た』と書かれていた。


「これは?」


タリスが問う。


「今日、行商人の知り合いから預かったんだ。なんでもエルバの町で子供に渡されたらしい」

「へえ」


タリスの反応は薄い。その目がリベルタをじろりと睨む。


「まさか、これを確かめに行くとか言いませんよね?」

「え?行くぞ?」

「子供のいたずらって可能性が八割だと思いますが。なあ、アリシヤちゃん」


アリシヤは紙から顔を上げる。

そして、眉間にしわを寄せ応える。


「そうですね。いたずらならまだしも、罠、という可能性も考えられますよね」

「罠?」


アリシヤは頷く。


今まで生きてきた中で子供というのは関わるとろくなことがないことが多い。

同情を誘い金品を奪っていくもの。

賊と徒党を組み、命を脅かすもの、その他もろもろ。


「そういうことを考えると、訪れるなら注意した方が—」


アリシヤがふと前を見ると、タリスとリベルタが目元を覆っている。


「え?なんですか?」

「いや、アリシヤさんが今までどれほど過酷な生き方をしてきたかと思うと…なあ、タリス」

「はい…アリシヤちゃん。純粋で可愛い子もいるよ。大丈夫、君の前にきっとそんな子が現れる日が来るよ」


はあ、とアリシヤは間の抜けた返事をする。


そうか、世間一般では子供は可愛くて純粋なものなのか。

アリシヤは己の中のずれに改めて気づく。


まあ、でも。とリベルタが言う。


「確かにその可能性もある。これを書いたのが子供かどうかってところから疑うべきだろう」

「その行商人は信用できるんですか?」


タリスの問いにリベルタが答える。


「それは大丈夫だ。何年も付き合ってる人だから」


そういいながら、リベルタは再び懐から一枚の紙を出す。

今度は地図だ。


「王都が今ここ。で、エルバがここ。ざっと歩いて二時間」

「まさか…」


タリスが顔を引きつらせる。


「そのまさか!じゃあ、今から歩いていくか!」


タリスは言う。


リベルタはこうやって急に予定を決める。

人を困らせるのを楽しんでるのではないかと疑うくらいだ、と。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る