第13話 嘘がつけない

三人でまた、階段を下りていく。

急な勾配のため、行きより帰りの方が辛い。

塔から外に出る頃には日は沈んでしまっていた。


「付き合わせて悪かった」


アリシヤは首を横に振る。


「お付き合いできてよかったです」


タリスは丁寧にリベルタに頭を下げた。


「ああ、アイツも昔助けた子供が祈ってくれたら、喜ぶだろう」

「なら、良いんですが」


二人の会話から察するに、タリスは昔スクードに助けられたようだ。

アリシヤの視線に気づいたのかタリスが微笑む。


「スクード様は僕と姉さんの命の恩人なんだ」

「じゃあ、会ったことが」

「うん。小さかったし一瞬だったからよく覚えてないけどね」


と、リベルタが顔を上げ、眉をしかめる。


「あ、不味い。アウトリタに見つかる」

「え」

「部外者入れるなってうるさいからな。さ、走れ!」


無事、町まで脱出すると、リベルタはまたまじまじとアリシヤを見ている。

なんとなく気恥ずかしくもありながらもアリシヤは正面を向いて尋ねる。


「どうしました?」

「いやー、タフだなって。今日一日動き回ったのにこの逃げ足の速さ」


体力には自信がある。

ルーチェとともに街から町に移動する際は何日もかけて野を歩き山を越え、時には川も超えたのだから。


「アリシヤさん、城仕えに興味ある?」

「へ?」


リベルタの問いに間抜けたアリシヤは声を上げる。


「いや、それほどの体力と剣の腕があれば城仕えできるかなって」

「僕は反対です」


タリスが、すかさず声を上げる。


「陰謀に巻き込まれる可能性だって十分ある。まあ、僕が守りはしますけど」

「じゃあいいじゃないか。どうだろう、アリシヤさん」


問われて、アリシヤは迷う。


セレーノの店での仕事のこともある。

それに何より、今更なのだがルーチェはアリシヤを国の兵から隠していたのだ。

おおよそ赤い髪に赤い目が国に見つかれば処刑される可能性を考慮してだろうが。


アリシヤの眉間にしわが寄る。


だが、国の中央。情報の最も集まる場所。

自分が、ルーチェが何者か。

いやそれがわからなくともエーヌがどうして自分を襲ったのかと言うことくらいは—


「知りたいだろ?」


リベルタの声にアリシヤの考えは途切れ、顔を上げる。


「エーヌの事、それから自分自身の事、育て親の事」


アリシヤの心臓が跳ねる。

見透かされた言葉に思わず口から言葉がこぼれる。


「どうして、分かったんですか…?」

「勘!」


元気よく答えるリベルタにあっけにとられるアリシヤ。


確かに知りたい。

危険が待ち受ける可能性は高い。それをわかってはいても。


「セレーノさんと相談してからでいいですか?」


アリシヤがそう問うと、リベルタは快諾してくれた。


***


リベルタと別れ、アリシヤとタリスは帰路に着く。

まだ開いている露店で美味しそうなものを選びセレーノの土産にする。


「アリシヤちゃん、僕はあんまり勧めないよ。城勤め」

「はい、私もできれば辞めておいたほうがいいと思います」


赤い髪に赤い目だ。

城の中では彼女を忌み嫌うものも多く出てくるだろう。


「だけど、私は知りたいんです」

「無理に止めはしないけど…」

「それに」


アリシヤは思ったことを口に出す。


ルーチェがよく言っていた。

『今を大切にしろ』という言葉。

自身はその言葉を大切にしたい。

だから知りたい。

自分が何者でどうして身を隠していたのかを。


「それが分かれば胸を張ってこの街にいることができるから」


この街の人々は優しかった。できればここにいたい。

そう伝えると、タリスは優しく笑う。


「そういう理由なら、僕も大賛成だよ。姉さんもきっと喜ぶ」

「ありがとうございます」

「アリシヤちゃんはえらいな。いつも前を見てる」


タリスの言葉にアリシヤは首を横に振る。


「いいえ、今しか見てません。後先考えない無鉄砲とも言います」

「それでも過去に捕まるよりかはずっといいよ」


月明かりが祭りの後の町を柔らかく照らす。

タリスの横顔がはっきりと美しく見える。


「アリシヤちゃん、城の中には怖い人間もたくさんいる。でも安心して。僕が守るよ」


思わずぽかんとしてしまう。

整った顔に、さわやかな笑顔。そして少し芝居がかった台詞。


「タリスさんっておとぎ話に出てくる王子様みたいですね」


素直な感想を漏らすと、タリスが目を見開く。

そして、その頬がかっと赤くなる。

おや?と、アリシヤは首をかしげる。


「ゴメン…そんなストレートに褒められるの初めてだったからさ」

「思ったことを口にしただけです」

「嘘だぁ…かっこつけすぎとか嘘くさいとか言ってもいいんだよ?前の彼女にはそう言ってフラれたからさ」

「ご愁傷様です」

「でも、守るってのは本当だよ?僕は嘘が付けないから」


嘘が付けない。タリスの方を思わずじっと見てしまう。


「アリシヤちゃん?」


だと言うことは、初めて会ったときのあの言葉-

赤い髪を、瞳を、美しいといったあの言葉も嘘ではないのか。


今度はアリシヤの頬に赤が差し、タリスから不自然に顔をそらす。


「どうかした?」

「い、いえ!なんでもありません」


あの時はどうかしてると思った。

だけど、本当に綺麗だと思ってくれていたのか。


何度も何度も呪った。

こんな髪と瞳がなければと。それを彼は—


ああ、夜でよかった。月明かりが在れど、きっとばれない。

少しだけ、目が潤んでいることなど。

嬉しかった。


二人がセレーノのもとへ帰宅するころにはもう七時を回っていて、仕事を終えたセレーノが二人を出迎えてくれた。


「アリシヤちゃん。今日は楽しかった?」

「はい、とっても!」


セレーノに聞かれ、アリシヤは満面の笑みで答えた。


さあ、今から話そう。

今日起きた飛び切り楽しいお祭りの話を—

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