第12話 祈りを捧げる
「おお、結構な額が入っています。これでセレーノさんにたくさんお土産が買えますね」
優勝賞金を手にアリシヤはほくほくとしていた。
「つ、強い…ゴメン、アリシヤちゃん。舐めてました」
「大したものだなぁ」
タリスは目を白黒させ、リベルタは快活に笑った。
結局アリシヤは五戦あった戦いをすべて勝ち抜いてしまった。
はじめの方は赤い少女に恐れと侮蔑を抱いていた観客も、まだ幼いアリシヤが次々と屈強な男を倒していくのに痛快さを覚えたのか、決勝戦では前年のチャンピオンよりアリシヤを応援する声の方が多くなっていた。
「それにしても、良い腕だ。誰に教わったんだ?」
リベルタが興味深そうに尋ねる。
アリシヤは少しの胸の痛みを覚えながらも笑顔で答える。
「ルーチェです」
「あのレベルになるまで教えられるってことは、相当な実力者だったんだな」
リベルタの言葉にアリシヤは頷く。
アリシヤの目が確かなら、ルーチェはタリスよりも強い。
リベルタと同等くらいか。さすがにそれは贔屓目かもしれないが。
だが、アリシヤはルーチェが負ける姿を見たことがなかった。
ルーチェが死んだ、あの時までは—
「勇者様。今まで出会った中で勇者様と同じくらい、または勇者様より強い人はいましたか?」
アリシヤは尋ねる。リベルタは口元に手をやって考える。
「そうだな。二人いる。まず一人目は魔王だな」
アリシヤは、ああと声を上げる。
本の中でも、魔王とリベルタの戦いは死闘だったとされていた。
「そして二人目は…」
そういって、リベルタは空を見る。
つられて顔を上げると、早くも日は沈み夕暮れ時になっている。
「よし、じゃあそろそろ行くか」
話を切り上げて、リベルタは城の方に歩き出す。
「タリス、アリシヤちゃん。今から行くところは秘密だぞ?」
そういって、リベルタは口の前で人差し指を立てた。
***
「これ大丈夫ですか?」
声を潜めタリスがリベルタに尋ねる。
「大丈夫じゃないからこうやって忍んでるんだよ」
そういうリベルタの声は楽しそうである。
ここは王都の城。
そう、フィア女王の住まうこの国の中央ともいえる場所だ。
城門から、部外者のアリシヤも連れて、どうどうと城に入る。
城の敷地の奥にある塔にたどり着く。
塔の中は狭く人一人が進むのがやっとの螺旋階段があった。
リベルタが先頭。
タリスが二番目、アリシヤが最後尾を行く。
「どこへ行くんですか?」
アリシヤは声を潜めて前を行くタリスに尋ねるが、タリスも首をひねる。
「もう数年城でお仕えしてるけど、こんな場所は知らないな」
数段、また数段と狭い階段を上っていく。
周りは牢となっている。なんだか気味が悪い。
「もうすぐだ」
リベルタが言ったのはしばらく後のことで、その頃にはもう息が上がっていた。
だが、階段から刺した光に向かい足を踏み出せば、瞬く間に疲れなど忘れてしまった。
「ここは…」
「な?すごいだろ?」
リベルタがにっこりと笑う。
そこは、塔の最上部だった。
足場が組まれている。
おそらく塔を修理するのに使うための物だろう。
命綱にもならないような一本の針金だけが、柵のように張られている。
きわめて危険な場所だ。だが、眼下に見えるのは王都の全貌。
アリシヤは息を呑む。
夕暮れ時の橙の光が町を優しく染めている。
「綺麗ですね」
アリシヤは単純な、だが、心からの言葉を漏らす。
「そうだろ?ここ危険だからさ、立ち入り禁止なんだけど、俺のお気に入りの場所」
そういってリベルタは懐から、さっき露店で買った花を取り出す。
そして、道の真ん中に置いた。
黄色の可憐な花だ。
「アリシヤさん、さっきの話の続き。俺が、自分より強いと思った人間。あともう一人はこいつだ」
「え?」
「スクード。俺とともに旅をし、そして魔王城で消えた、俺の相棒だ」
アリシヤは息を呑む。
「そして、タリス。俺がもう一人祈りをささげたいのもスクードだ。納得してくれたか?」
タリスは無言で頷いた。三人で静かに祈りをささげる。
スクード。それは、勇者と共に選ばれる勇者の相棒だ。
勇者を支え導く賢者、そしてスクードは勇者と同じく神の神託によって選ばれる。
スクードというのは“盾”を意味する。
勇者の盾となりその身を尽くし勇者を守る者。
「ありがとう、タリス、アリシヤさん。あいつもたまには俺の顔以外も見たいだろうしな」
そういって、リベルタは黄色い花をぱっと宙に放り投げた。
黄色い花が風に吹かれて流れていく。
リベルタはその花を目で追っている。
普段は見せない表情だった。暗いその瞳。
ふと、リベルタが呟く。
「なあ、アリシヤさん。スクードの本当の名前、知ってるか?」
「え?」
唐突に尋ねられアリシヤは戸惑う。
記憶を手繰る。
勇者の名前はリベルタ、賢者の名前はディニタ、スクードの名前は—
アリシヤは首を横に振る。記録されていなかった。
「わかりません」
「俺も分からないんだ」
リベルタはそう答えた。意外だった。
「俺は教えてもらえなかった。知りたかったんだけどな」
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