第9話 慰霊祭の幕開け

ついにその日がやってきた。アリシヤは早めに目を覚ます。

大きく伸びをした後、外出着に着替える。


楽しもう。


昨日誓ったことを胸に、アリシヤは居間ともなった一階の店内に降りる。


「おはよう、アリシヤちゃん」


早くも厨房にセレーノがいた。

アリシヤを見るとセレーノは顔を覆った。


「え?セレーノさん?」

「うわぁぁぁん!私もお祭り行きたかったぁぁぁ!!」


ああ、とアリシヤは苦笑する。

常連の客の一人に頼まれたのだ。お弁当を作ってほしい、と。


「何で今日!?いや、注文してくださるのはありがたいし売り上げも上がるしいいんだけど!?百個って!すごい!」

「あの、本当に手伝わなくていいんですか?」


昨日も尋ねたのであるがアリシヤは訊かずにはいられない。

百個のお弁当。それもお祭りで出し物をする食べ盛りの男達のお弁当だ。


だが、セレーノは首を横に振り、人差し指をぴんと前に出す。


「店長命令!アリシヤちゃんはお祭りに行く…!そして、思う存分遊びなさい!」

「わ、わかりました!」


勢いに負け、アリシヤは答える。


セレーノの休憩もかねて、二人で朝食をとっていると、タリスが、階段を下りてくる。

身なりはもはや出かける準備万端といったところか。


「やあ、姉さん悪いね」


起き掛けの言葉が、それだったものだからセレーノの鉄拳がタリスに入ったのも致し方ない。


朝食を取り終え、片づけをすますと、タリスは立ち上がり、アリシヤに手を伸ばす。


「さあ、行こうか。お嬢さん」


芝居がかっているのだが、顔がいいから似合うのだ。

アリシヤはそのまぶしさに目を細めながら、おずおずと手を取る。


「じゃあ、行ってらっしゃい」


笑顔のセレーノに見送られ二人は町に飛び出した。


***


「わぁ」


王都の城の前にある中央広場。

そこまで手を引かれたアリシヤは感嘆の声を上げた。

色とりどりの花で飾られた広場内。人々があふれかえっていた。

多くの露店が並び、各店の上には、この国の国旗である白地に剣の描かれた旗が掲げられている。


国旗を見上げ、アリシヤはハッとする。描かれている剣は、確か-

アリシヤの視線を追ったのか、タリスが「ああ」と声を上げる。


「気づいたかい?あの国旗に描かれている剣は」

「クレアシオン。勇者様の剣ですね」

「ご名答、物知りだね。アリシヤちゃん」


大剣クレアシオン。使う人間を選ぶという剣。

歴代勇者だけが持つ伝説の剣だ。

剣の柄にはサファイヤが埋め込まれている。


「ところで、このお祭り、レジーナ姫の慰霊祭、ですよね…?」


思わずそうこぼしてしまうくらいの華やかな祭りだ。タリスは頷く。


「僕も初めて見た時はそう思ったよ。でもね、アリシヤちゃんレジーナ姫の最後の話、知ってる?」

「姿を消した…というところしか」


アリシヤの読んだ本の中では、子供用だったためか負の部分は多く省かれていた。

タリスはうん、と首を縦に振る。


「そう、姿を消したんだ。ちょっときつい話だけどごめんね」

「え?」

「レジーナ姫は、魔王に穢されてしまった。だから、世を儚んで救出された後に姿を消してしまったんだ」


アリシヤは息を呑み、俯く。

愛読書には、レジーナ姫は明るく太陽のような姫だったと書かれていた。

子供向きの本には記されなかった悲しい事柄にアリシヤの心は痛む。


「なんとも悲しい話です」

「そう、だからこうして明るくするんだって」

「というと?」


アリシヤは首をかしげる。

先ほど話していた悲劇にこの明るい祭りは見合わない。

タリスは微笑む。


「喪に服されてるより、こうやって楽しくしてる方がレジーナ姫も帰って来やすいだろ?」

「なるほど」


納得だ。このお祭りは亡きレジーナ姫をしのぶための祭りではない。

生きているかもしれないレジーナ姫を迎えるための祭りなのだ。


「まあ、皆慣習で慰霊祭って呼んでるけど、そういったフィア女王の計らいらしい」

「へえ…仲のいい姉妹だったんですね」

「そうだね。さあ、そろそろ始まるよ」


タリスに促され、城前に作られた簡易の舞台の方を見る。

人だかりから何とか見えるのはたくさんの警備兵に守られたフィア女王の姿だ。

輝く金色の髪が靡く。

蒼く理知的な瞳が集まる人々を見据える。


「皆さん、こんにちは。今日はお集まりいただきありがとうございます」


澄み切った声。アリシヤは聞きほれていた。

どこか懐かしいようなその響き。いや、そんなはずはないのだ。

フィアはこの国の女王陛下。

出会ったことなどないはずだ。


フィアが短い挨拶をしている間、アリシヤは記憶をたどる。

だが、思い出せない。


顔を上げたころにはフィアは壇上から姿を消していた。


「アリシヤちゃん?」

「いえ、何でもないです」


アリシヤは首を横に振った。

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