第4話 旅立ち

「セストの町の方面であってるんだよな」

「はい」


リベルタの問いにアリシヤは答える。アリシヤ、それからタリス、リベルタはその場を離れ、ルーチェのいた場所を目指していた。


どうか無事で。


アリシヤは祈りながら足を速める。

ずいぶん遠くまで運ばれていたようだ。

アリシヤ達が住む家が見えてくるまでに一時間はかかった。


森の方、アリシヤがルーチェと別れた場所。

そこには血だまりができていた。

ルーチェの姿はない。


「ルーチェ!ルーチェ!」


アリシヤは必死に呼びかけるが返事はない。

アリシヤが森へ足を踏み入れようとした時、先を行くリベルタがそれを制した。


「待て」

「え」

「アリシヤさん、戻れ」

「どうして」

「見ない方がいい」


リベルタの言葉の意味が分かった。

アリシヤがかまわず前に出ようとしたところを、リベルタが止めた。

アリシヤは、森の外へ連れ出される。


「そんな…嘘だ…」


アリシヤの目に涙が浮かぶ。

地面に膝をつく。


まだ、何も教えてもらっていない。

まだ、自分が何者かも知らない。

なにより、まだ一緒にいたかった。

傍にいて欲しかった。


「ルーチェ、なんで…っ!」


嗚咽をこぼすアリシヤにふわりと布がかぶさる。

タリスがかけてくれたようだ。

アリシヤは泣いた。涙を流したのはいつ以来だろう。


空が白み始めるまで、アリシヤの涙が止まることはなかった。


***


「ここです、ありがとうございました」


アリシヤは頭を下げる。

リベルタとタリス、二人はアリシヤを家まで送ってくれた。

扉を開ける。


だが、そこには誰もいない。

がらんとした空間が広がっているだけだ。


「アリシヤさん。誰かご家族の方は?」


リベルタの言葉に、アリシヤは首を横に振る。


「私の家族はルーチェだけでした」


そういってまた目頭が熱くなるのをこらえる。

リベルタが口元に手をやる。何か考えているようだ。

つかの間の後、リベルタが顔を上げる。


「アリシヤさん。王都に来るか?」

「王都に…?」

「ああ、そうだ」


ルーチェを失った今、頼りにできるものは何もない。

勇者であるリベルタの言葉はありがたいものだった。

だが、自分の生活、それよりもアリシヤを引き付けたものがある。


「王都に行けば、エーヌのこともわかりますか」


自身から放たれた暗い声。心の奥を表しているようだ。

ルーチェが殺された今、アリシヤを駆り立てるものは憎しみ。

エーヌの民に対する復讐心。


「ああ、分かるだろうな」


リベルタは答えた。


「なら、お願いします」


アリシヤは頭を下げた。


「王都に連れて行ってください」


***


次の日にアリシヤ達は、セストの町を出た。


「行ってきます、ルーチェ」


アリシヤは小さく言葉にし、歩き出した。


セストの町から徒歩三時間。

海沿いのマーレの町に着く。そこからは海路だ。


船など乗ったことがない。

船に乗り込む道でアリシヤは、ごくりとつばを呑む。


「船、苦手?」

「いえ、乗ったことがなくて」


そういうとタリスが手を差し伸べてくる。


「どうぞ、お嬢さん」


いちいちキザである。

アリシヤはその手を断り、船に乗り込んだ。


タリスの手を取ろうとした時、ふっと頭によぎったのはルーチェの事。

よく不安になった時に手を握ってくれた。その使い込まれた硬い手が懐かしい。

もう、その手はアリシヤの手を握ることはないのだ。


タリスとリベルタが、二人で話している。

アリシヤは甲板で海を見ながら頭を整理しようと試みる。

だけど、できない。

最後のルーチェの姿が、赤い血が、頭にこびりついて離れないのだ。


ルーチェは何を言っていたっけ。


『物語に組み込まれるな』

『十五になったら好きに生きろ。何をしてもいいんだ』

『今を大切にしろよ』


ルーチェが繰り返していた言葉しか浮かばない。

焦燥感がアリシヤを襲う。

このまま、何もかも思い出せずに忘れてしまうのではないか。


「アリシヤちゃん」


軽い声に顔を上げると、タリスが横に立ち、大きく息を吸った。


「ほら、アリシヤちゃんも」

「は、はい」


つられてアリシヤも深呼吸する。大きく息を吸い、大きく息を吐き。

三度ほど繰り返したところで、タリスは優しく微笑む。


「よくできました」

「え」

「いいんだよ。アリシヤちゃん。君は今、息をして命を繋ぐだけでいいんだ。それ以外はいらない」


そんなわけにはいかない。

ルーチェのことを知りたい。

忘れたくない。

エーヌに復讐したい。


感情に任せて反論しそうになったアリシヤは止まる。

タリスの顔が、あまりにも切なげだったからだ。


「中、入ろう」

「…はい」


アリシヤは大人しく頷いた。

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