第2話 襲撃
「アリシヤ」
ルーチェの短い呼びかけにアリシヤは目を覚ます。
その声は硬く、いつになく緊張している。
素早くベッドから降り、ベッドサイドに置いてある自らの剣を携える。
「どうしたの?」
「外に誰かいる。それも複数だ」
ルーチェは声を落とし言った。
ルーチェの手元の剣はすでに抜き身となっている。
足音が近づいてくる。アリシヤの身が強張る。
二、三人なんてものではない。十数人はいるのではないだろうか。
赤い髪と赤い瞳。
その希少さから、売買目的のゴロツキに絡まれたことはいくらでもあった。
だが、せいぜい三人、多くて五人ほどであった。だが、今回は違う。
アリシヤの肌が粟立つ。
ルーチェとアリシヤの住むこのあばら家。そこで足音は止まった。
「ひっ…」
窓に現れたものを見て、アリシヤは思わず声を上げた。
松明を持った赤い顔が窓を埋め尽くしている。
それは、赤い面をかぶった人間たちだというのがわかるのだが、異様で気味が悪い。
ルーチェの眉間に深いしわが寄る。
「エーヌの民か」
「エーヌの民って魔王残党の」
「ああ、赤い無表情な面。間違いないだろう」
エーヌの民。
それは魔王亡き後、魔王残党を名乗り各地を荒らしまわす集団であった。
彼らは、破壊を目標にしており、魔王のように領土の占有はしない。
だが、女、子供関係なく殺しつくすところはかつての魔王軍と同じである。
「どうしてエーヌが」
アリシヤはそこまで言って口を閉じる。
魔王と同じ赤い髪赤い瞳を持つ自分。
おそらく無関係とはいえないだろう。
扉をノックする音が聞こえる。
「赤い少女がわれらの要求。それ以外は必要ない。渡せ」
冷たい女の声が聞こえてくる。ルーチェが声を潜めてアリシヤに言う。
「行くぞ」
アリシヤは頷いた。
刹那、ルーチェは扉をけ破り、走り出した。アリシヤもそれに続く。
突如開いた扉を素早く避け、エーヌの女は声を張る。
「逃がすな!」
鋭い声に、赤い仮面たちは二人を囲む。
だが、ルーチェの剣捌きは素早い。
剣を持った赤い仮面たちを草でも刈るようになぎ倒していく。
二人の進む道が開く。
囲まれている状態からは脱した。あとは逃げるのみだ。
ここは町のはずれ。森を抜け、町に出るのが妥当だろう。
ルーチェは森の方へ向かう。
だが、おそらく町へは行かないだろう。国の兵がいるからだ。
アリシヤは、懸命にルーチェの後を追う。
ルーチェがアリシヤの安否を確認するためか、後ろを振り返った。
アリシヤを確認すると、微笑んだ。
だが、その表情が凍る。
「逃げろ!!アリシヤ!!」
ルーチェが叫んだ時にはもう遅かった。
アリシヤは後ろに気配を感じ、振り返った。
木陰から出てきた人影。
アリシヤの腹を目掛けて剣を振りかざす。
恐怖に目を閉じてしまった。
痛みが来ない。
恐る恐る目を開けるとアリシヤの前にルーチェが立ちふさがっていた。
その腹からは血が噴き出ている。
「ルーチェ…!!」
ルーチェは、歯を食いしばりルーチェは懸命に体勢を立て直す。
「アリ、シヤ…逃げ、ろ」
「できない…!そんなのっ!」
黒い人影が、ルーチェの腹から剣を抜いた。
「ぐっ…」
苦し気に呻くルーチェの前にアリシヤは出る。
アリシヤは震える手で剣を構える。
何度か実践もしたことはある。ゴロツキから身を守ったこともある。
だが、ルーチェが守ってくれていたから落ち着いてできたのだ。
こんな風にルーチェを守るなんて初めてだ。
アリシヤは目の前の人影を睨む。
背は高い。フードをかぶっている。おそらく男だろう。
だが、おかしい。赤い面をかぶっていない。エーヌではないのか。
男は剣を弄ぶようにくるりと回した。そして、一歩踏み込む。
来る。
そう思ったときには、アリシヤの構えた剣に衝撃が走っていた。
斬撃の重さにアリシヤの体は後ろへ吹き飛ぶ。
「アリシ、ヤ…!」
ルーチェの苦し気に呻く声が聞こえる。
「く…っ」
アリシヤは素早く立ち上がる。だが、相手に向かっていける勇気が持てない。
アリシヤは恐怖を覚えていた。
あの男は格段に強い。もしかするとルーチェより。
アリシヤは身震いする。
だが—
何よりも大切なルーチェを守りたい。
ルーチェの元に駆ける。
男がルーチェにさらなる斬撃を加えようとしていたのを何とか止める。
「ぐぅぅ…っ」
「アリシヤ!…いい、お前だけ、にげ、ろ…!」
アリシヤの体が再び吹き飛ばされる。
起き上がりながらアリシヤは叫ぶ。
「できない!ルーチェと一緒に—!?」
よろめきながら立ち上がったアリシヤの頭に強い衝撃が走る。
「追いついた」
エーヌの民に追いつかれたのだ。
アリシヤの視界が暗くなっていく。ルーチェの叫び声が聞こえる。
アリシヤに手を伸ばすルーチェ。その手をフードの男は踏みにじった。
大量の赤い仮面を見ながら、アリシヤは意識を失った。
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