六 水餓

「っはー、食った食った」

「そうだろうな……」

「ちょっと食べすぎだよ、煉」

「いやそっち二人はもうちょい食べろ。特に沙輝、ラーメン半盛りで充分って胃が縮んでるのか?」

「こ、これでも食べられるようになった方だよ!」

「少し前まではゼリー飲料かスープぐらいしか食べられなかったもんな」

「っ……そう、か……」

顔借鏡を退治してから一週間前後、姉ちゃん──沙輝の母親から救援要請を受けたのは十日くらい前。

何事も無さそうに振る舞ってるけど実際の所は──

「……そういえば、学校に元からいる奴らが暗条さんに感謝してましたよ。あいつを退治してくれたお陰で平和が戻ったって」

「──、」

いきなり黙りこんだ俺を見かねて鷹也くんが出した話題は大分突飛で、深刻な方向に傾きかけた思考を切り替えるにはちょうど良いものだった。

「…………いや、怪異に礼を言われてもなぁ」

学校に元からいる奴ら、所謂学校の怪談とか七不思議とか呼ばれる連中。

縄張りを荒らしたり向こうが定めたルールを破ったりしなければ危害を加えてくることはなく、基本的には立場の弱いもの――主にいじめられっ子の味方。

沙輝が顔借鏡に殺されなかったのも奴らが助けてくれたお陰、ではあるのだけど始末を押しつけられた身としては心中複雑だ。

「ケッヒヒヒ!感謝されてんだから素直に喜べよ、相棒!」

「ってめ──」

「どうかしたの?好輝お、にいさん」

「……いーや、何でもねぇよ」

食休みも充分とったことだしそろそろこいつらを帰らせよう。

これ以上ボロを出して楽しい夏休みを謳歌できなくするのは不本意だ。


「──おいこら水餓みが、誰かいる時は喋るなっていつも言ってるだろ」

「ケッヒヒヒ!悪りぃ悪りぃ、ちょーっと茶々を入れたくなっちまってなぁ」

「てめぇ……」

今しがた俺と会話している相手──常人の目には見えないこいつこそしがない交番勤めのお巡りさんだった俺が特務零課に異動することになった元凶、その名は水餓。

伝染うつかがみという呪術療法に使われていた水鏡に溜まった淀み──憎悪や悲しみといった負の感情が怪異に変じたものであり、淀みを好んで喰らう悪食でもある。

こいつに取り憑かれたお陰で俺は面倒ごとの多い日々を送る羽目となった。

例えば──

「ガ……グ……」

「招かれざる客のお出ましだぜ、相棒」

「……顔なしか、面倒だな」

「ご自慢の鏡が役に立たないもんなぁ、ケッヒヒヒ!」

「でもお前にとっては好都合、だろ?」

「そうさなぁ、こいつがまずそうだってことに目を瞑れば好都合だなぁ」

静霊鏡で退治できない顔なしの怨霊と遭遇した時の対処法、それは。

「──そんじゃあさっさと喰っちまうかぁ」

「ア、」

黒い霧が髑髏の形を取って怨霊をひと飲みにする。

俺ならそう描写するけれど、他の人ならこの光景をどう描写するのだろうか。

見てて気持ちの良いものではないことだけは確かだけど。

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