四 椿
「──さん、照島さん!大丈夫ですか照島さん!」
「っ…………!」
口は動いているのに声は全く出ておらず、喉には細く赤い痣が付いている。
これは、もしかしなくても。
「吊るし鏡の呪い……」
「…………」
「ん?何ですか照島さん」
突き出された手帳に何か書かれている。
「えっと……ぼんやりしてないで何とかしろ……あ、声出せないから書いてくれたんですね」
今の環境だと携帯は使い物にならないから手帳を使った筆談というアナログな手段に頼らざるを得なかった、というのが本音だろうけども。
「…………」
「分かってます、分かってますから足踏むの止めてくださいめっちゃ痛いです」
とはいえ情報を集めなければどうしようもない。
まずは──
「照島さん、声を奪われた理由に心当たりはありますか?」
「…………」
「何々……あってたまるかそんなもの、ただお前の声は嫌だと言われたような気がする……?」
ということはつまり、だ。
「照島さんの声が向こうの地雷だった感じかな、これは……」
「…………!」
「いだだだだ、俺に八つ当たりしないでくださあだだだだ」
とりあえず照島さんを宥めて、それから本格的な行動開始だ。
これ以上生傷を増やさないためにもさっさと片付けよう。
「──なるほど、それはお互い災難だったわね」
「ほんとですよぉ……声を奪われた苛立ちのせいか暴力に訴える頻度が爆上がりで……」
「暗条くんがそこまで言うってことはよっぽどだったのね……」
「あいつはどうにもその手合いに嫌われやすいタイプだからなぁ」
「結局それなんですよねぇ……って、何しれっと混ざってるんですか
「おっともうバレたか」
自然に混ざりすぎてて危うく流すところだった。
毎回思うけど最初からここにいました感出すの上手すぎないかこの人。
「良いの?こんなところで油売ってて。うちのボスに報告とかあるんじゃないの?」
「そっちはもう片付いてるから問題ねぇよ」
「ちなみに何の報告ですか?差し支えがなければ教えてほしいんですけど」
「いつも通り花絡みの報告だ。えーと名前何だったっけかな……この街固有の奴なんだが……」
「……もしかして
「おおそれだそれ」
「えっ、あの花って椿さん案件だったんですか」
毒を持ってるから市の許諾が無いと栽培できないことは一応知ってたけど椿さんが出張る必要のあるものだったとしたら事情が変わってくる。
「まぁ正確には花そのものじゃなくて花を使ったヤバい研究をしてた奴らがいたって話なんだけどな」
「ヤバいって具体的には」
「生きた人間を苗床にして花の栽培をしてた」
「完全にアウトね」
「下手な怪奇現象より怖いんですけどそれ」
「ちなみに参考資料として撮ってきた現場の写真があるけど、見るか?」
「遠慮しておくわ」
「勘弁してください」
「何だよノリ悪りぃな」
つまらなそうに言いながら椿さんは取り出しかけた写真をしまい直す。
「しかしまぁ、あんなのが見つかるなんてさすがは
「彼岸?」
「おっとこっちだと
「何だとは何だ」
いつの間にか戻ってきていた照島さんは椿さんのぞんざいな態度に顔を顰める。
「お帰りなさい照島くん、喉の調子はどう?」
「……元通り、だな」
「それは良かったです、ええ本当に」
「照島お前──」
「話を戻すが元彼岸、とはどういうことだ?」
なんて無理矢理過ぎる話題転換だ。
後呂江さん笑っちゃってるし。
「文字通りこの街が昔は彼岸……死後の世界だったってことだよ」
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