三 吾妻

「──なるほど、それでわざわざここまで足を運んできたワケか」

「俺としては電話でアポを取るだけでも良かったんだが、何度かけても繋がらなかったんでな」

「それは手間をかけさせた」

一言詫びて享伍さんは後方に聳える番鏡山ばんきょうやまを一瞥する。

「……どうした?」

「いや、何でもない」

「まぁそっちの案件は報告書作りがてらがっつり聞かせてもらいますんで、まずは四鏡村の方をですね」

「鏡送りに吾妻の儀式鏡が使われていた件か。別段珍しいことじゃない、としか言えんな」

「寧ろ珍しくなさすぎるのが問題だ」

「それに今回は因習に基づいた手順で行われていた儀式に携わっていたんで軽く流してほしくないんですよね」

「……それなら長くなるな」

「腰を落ち着けて話せるところへ行かないと、ですね」

「ならあの店か」

「照島さんあそこのオレンジペコー好きでしょ?」

いつもなら苛立った声で反論するのに今回は舌打ちをしながらそっぽを向くだけ。

これが肯定と同義なのだから難儀な人だ。


「んー、やっぱりここのラテは最高ですねぇ」

「お前が悪目立ちせずに済む点も評価できるな」

「それ言わないでくださいよー、結構気にしてるんですから」

喫茶店リフレクト。

私服で職務に当たれない俺が入り浸っていても好奇の目を向けられることがなく、ゆっくりのんびり休める貴重な場所だ。

「──さて、どこから話せば良い?」

「ならまずはそもそも吾妻の鏡職人とは何者かについてから、だな」

「随分根本的な話だが……普通はそうなるか」

そこでチラッと俺の方を見るのはどういう意図なんですかね享伍さん。

「吾妻は元々寺社に奉納する鏡の製造を生業にしている職人の一族だが、最近はそれだけでは食っていけなくなったから土産物も作るようになった」

静霊鏡せいれいきょうがそれですね。そういえば照島さん、何で静霊鏡で怨霊を退治出来るか知ってます?」

「知るワケないだろうそんなもの、勿体ぶらずにさっさと言え」

「もー毎度のことながらノリ悪いですよー」

「お前の聞き方は照島の性格と相性が悪いことをいい加減学べ」

「勿体ぶるのは享伍さんも大概じゃないですか」

「…………良いから説明に入れ」

あ、話を逸らした。

まぁ言い出しっぺは俺なんでちゃんと説明しますけどね。

「そもそも鏡自体が呪具……占いや呪いの道具として使われることが多い代物なんですけど、静霊鏡は破魔……悪いものを払い除ける力が一際強いんですよ。だから魔除けのお守りとして売られているワケでして」

「お前たちはどう見てもお守りとは思えない使い方をしてると思うんだが?」

「これは元々そういう用途で作ったものだからな」

「あと霊感によるブーストも入ってるんでそこら辺を彷徨っている怨霊や怪異ぐらいならイチコロです」

「鏡を向けただけであれやこれやが消し飛んでいくのはそういうことか……」

「その認識は正確じゃない。鏡面に対象の顔を映さなければ静霊鏡に込められた魔除けの効果は適用されないからな」

「たまーにいるから困るんですよねぇ、顔がない奴」

「顔がない……?おい暗条、静霊鏡が効かないならお前はどうやって顔借鏡を倒したんだ?あれは確か顔を切り取られた女子生徒の怨霊だったはずだが……」

「ぅえ、えーとそれはー……そのー……」

「……話が大分脱線したから戻すぞ。吾妻は四鏡村だけでなく──」

ああ助かった、享伍さんナイスフォローです。


「──とまぁ基礎知識に当たることはこれで全部話したと思うが、理解できたか?」

「全部、はさすがに無理だが一つハッキリ分かったことはある」

「はい何でしょう」

「この街が碌でもない土地だってことだ」

「正しい理解だな」

「訂正の必要が一切ありませんね」

「他はその、何だ。整理する時間をくれ」

「暗条が調子に乗ってあれこれ補足しすぎたせいだな」

「うぐ、すんません」

やっぱり人に教えるのって難しいなぁ。

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