五 万華鏡園

「な、なぁ宵ヶ原」

「む?」

その日は珍しくクラスメイトに声をかけられた。

しかも勉強以外の理由で。

「ここ最近お前が不良に絡まれてるって噂、本当なのか?」

「不良……ああ、あいつのことか」

そういえば不良だったな、と今更ながらに思い出す。

「お前何平然としてるんだよ……」

「カツアゲとかされてるなら先生に言った方が良いって!」

「あいつが手段を選ばなくなったらそうするつもりだ」

「んな悠長な……」

「少なくとも今はまだ強行手段を取る必要が無いからな」

それ以前にここ数日ヨウと顔を合わせていない。

とうとう警察に見つかって逃げている真っ最中、とかだろうか。


「……妙だな」

「何がですか?」

「さっきから幽霊を見ていない」

具体的には保管室を出た辺りからになるだろうか。

「あー……それはさっきセンセイがタバコ吸ったからじゃないですかね。ここの幽霊タバコ嫌いな奴ばっかりなんで」

「……お前もここの幽霊だろう」

「こう見えて生きてた頃はヘビースモーカーだったんですよ」

「愛煙家が全館禁煙の職場に勤務していたとは中々笑える冗談だな」

「それ、同僚にも散々言われたんで勘弁してもらえませんかね……」

あからさまにげんなりした顔で、本当に嫌そうな声で紡がれた言葉は心からの本音であることを物語っていた。

「……おい暁郷、本当にこっちで良いのか?」

この先にあるのは万華鏡園に通じる地下連絡通路、だったはずだ。

「合ってますよ、次の行き先は万華鏡園ですからね」

「……今度は何を見せる気だ」

「それは見てのお楽しみってことで」

いつもの軽い調子をあっさり取り戻し、暁郷は先行する。

どんなに胡散臭くても今はこいつについていくことしか選択出来ない。

いざとなれば静霊鏡で──


「っ──」

これまでのことを思い返してそれなりの覚悟をしていたつもりだったが、目の前に広がる光景は想像を絶するものだった。

「暁郷、ここは……何だ?」

「んー……強いて言うなら展示場、ですかね?関係者以外立入禁止ですけど」

展示場、なるほど言い得て妙だ。

ここ万華鏡園は鏡花に寄生された少女を円筒形のガラスケースに納めて展示するという倫理的に問題のある内容から一般公開されていない極めて悪趣味な展示場。

そして──

「こちらが当展示場の目玉でございます。……なんちゃって」

暁郷が手で示した先、一際大きなガラスケースの中身。

俺が十年近く探し続けていた答えがそこにあった。

「ヨウ……」

全身を無数の鏡花に覆い尽くされたその姿は花のドレスを纏った踊り子、或いは人の形をした花束を連想させる。

他のガラスケースに納められている少女たちも似たような姿をしてはいるがヨウのそれに比べたら大きく劣る。

「どうですかセンセイ?久しぶりに会った知り合いの様変わりした姿について、何か感想はありますか?」

「……筆舌に尽くし難いな」

「わぁお何ともあっさりしたコメント、まぁセンセイらしいっちゃらしいですけどね」

「俺からも聞きたいことがある」

「はいはい何でしょうかね」

「ヨウは、ここにいる少女達は何があってこうなった?」

「鏡花を美しく咲かせるための苗床……苗娘なえごにされた末路がご覧の有り様、ってとこですかね」

「苗娘?」

華峰はなみね先生……うちのボスが付けた呼び名ですよ。養護の体で引き取った身寄りの無い女の子に鏡花を寄生させて育てて、花が咲いたら長期保存出来るようにする薬を混ぜた溶液で満たしたガラスケースに納めて一段落」

料理の手順を説明するような感覚で暁郷は生前行っていた研究の一端を語る。

「まぁやってることは月下美人の酒漬けみたいなものですかね」

「……何が、」

「センセイ?」

「何がお前たちをそこまで駆り立てた?どうしてこんな──」

「鏡花の毒にやられたんですよ。華峰先生も、研究員たちも、苗娘も全員ね」

「毒……」

確かに鏡花は有毒性の植物ではあるが──

「……何だ?」

部屋の奥から這いずるような音が聞こえてくる。

しかも段々と近づいてきているような──

「この音はまさか……逃げますよセンセイ!」

「なっ、おい待て暁郷!」

状況を飲み込めないまま暁郷を追う形でその場から走り出す。

──逃げろオウリ。

部屋を出る直前、そう叫ぶヨウの声が聞こえた。

──気がする。

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