四 煙草

「──未成年が白昼堂々喫煙とは感心しないな」

ある日の放課後、通学路の途中にある河川敷でヨウはタバコを吸っていた。

「別に珍しくも何ともねぇだろ」

「そういうことをする奴は隠れる努力をする」

「はっ、臆病だなそいつらは」

「お前が堂々としすぎなだけだ、少しは危機感を持て」

ただでさえ素行不良が原因で相当な悪目立ちをしているというのに。

「……それにしても甘ったるい匂いがするタバコだな」

「お前も試しに吸ってみるか?」

「不良になるつもりは無い」

「んだよ、ノリ悪ぃなぁ」

この時は匂いが甘ったるくて仕方ないとしか思わなかったタバコを後に自分から嗜むようになるなんて考えもしなかった。


「そんじゃ次はそっちの……ってセンセイ?」

「……悪い暁郷、喫煙所があるなら今すぐ案内してくれないか」

さっきからどうにも落ち着かないと思ったらこれが原因か。

そういえば今日はまだ一本も吸っていなかった。

「ここは全館禁煙なんでそんな親切なものはありませんよ。一服したいならそこの開いてる窓でどうぞ」

「随分と雑な対応だが、良いのかそれで?」

「文句を言いに来る幽霊はいるでしょうけど、気にする必要はありませんよ」

「……それもそうか」

火の不始末さえしなければ大丈夫だろうと楽観的に考えながら窓際に足を運び、上着のポケットからタバコとライターを取り出し手早く一服の準備を整える。

「…………ふぅ」

何本吸ってもこの甘ったるい匂いが鼻を通り抜ける感覚には慣れないが、幾らか気分は落ち着いた。

思えばあいつはこれを好んで吸っていたが、余程の甘党だったのだろうか。

「──っ、このフレーバー……」

「顔に似合わない、か?」

「え、ええと……まぁ意外っちゃ意外、ですかね。いかにも堅物って雰囲気のセンセイがこーんな甘ったるいタバコをお好みだなんて名探偵にも当てられませんって」

「……好みかどうかと言われれば、実のところそうでもない」

「えっ、じゃあ何で吸ってんですかそれ」

「…………忘れたくないことがある」

「へぇ~~~~?そりゃまたセンチメンタルなことですねぇ?」

「黙れ」

予想通りの反応とはいえとてつもなく腹が立つ。

やはり軽率に話すべきではなかった。

「あれ、もう良いんですか?」

「そういう気分じゃなくなった」

携帯用灰皿にタバコをねじ込んで火を消し、そのまま蓋を閉めてポケットにしまい直す。

「次はどこに行くつもりだったんだ?」

「あー、じゃあそっちの部屋で」

暁郷が指差す扉には保管室と書かれた札が付いている。

「鍵は……開いているのか」

こういう所ほどしっかり施錠されていそうなものだがまぁ気にするだけ野暮だろう。

そんなことを考えつつ扉を開けて最初に目にしたもの、それは床に散らばるガラスの破片と枯れた鏡花の花弁だった。

ガラスの破片は金属製の棚に並んでいる円筒形のケースが元の姿、花弁はケースに納められていたものの残骸だろう。

「……中身は全部鏡花か」

ケースに貼られたラベルには日付とどのような環境で栽培したかが記入されている。

「土を変えたり温度を変えたり色々試したんですけど、一番めざましい変化があったのはやっぱりこれですね」

「っ──」

暁郷が持ち上げたケースには目や口から鏡花を咲かせている鼠の死骸が入っていた。

「どうもこの花、土に植えたり水に浮かべたりするよりも生き物に寄生させた方が良く育つみたいでして」

「……冬虫夏草を彷彿とさせる性質だな」

「あれは虫に寄生して育つキノコですけどこっちはもっとヤバいですよ」

「動物どころか人間にも寄生するからか?」

ご名答、とばかりに暁郷は笑みを浮かべる。

「まぁさっき会ったからそれはすぐに分かりますよね」

「……他に何がある?」

「じゃあ逆に聞きますけどセンセイは疑問に思いませんでしたか?」

「疑問?何に対してだ」

「ここ、幽霊は見かけても死体は一回も見てないでしょう?」

言われてみれば確かにそうだ。

「時間が経って腐敗したから……ではなさそうだな。それなら骨くらいは落ちてるはずだ」

「でも実際は骨の欠片一つ落ちていない。あるとすれば鏡花の花弁があちこちに散らばってる程度でしたよね?」

「……答えを知っているなら勿体ぶらずに言え」

「もうちょい付き合ってくださいよ、最初はノリ良かったじゃないですか」

「今はそんな気分じゃない」

「あ、もしかしてさっきからかったことまだ怒ってます?」

「…………」

「分かった、分かりましたからそんな睨まないでくださいよ。ちゃんと答えますから、死体が転がっていない理由」

やれやれと肩を竦めた後、暁郷は足元に落ちていた花弁を一枚拾い上げる。

「鏡花は生き物に寄生して育つ花。寄生した対象の血、肉、骨、その全てを吸い付くして美しい花を咲かせる」

「っ……」

「まぁさすがに魂までは養分に出来なかったみたいですけどね」

「……だから幽霊はいる、とでも言いたいのか」

「でもなきゃ説明がつかないでしょ?」

否定は出来ないし納得も出来る。

だが──

「……悍ましいな」

鏡花の性質もそうだが、それを見出し人体実験を敢行した輩がいることの方が何倍も恐ろしい。

「ちなみにこれでようやく基礎編終了、ここから先は応用編になります」

「……まだ見せるものや話すことがあるのか」

「そりゃあまぁ、本命がまだですしね?」

「……ヨウのことか」

せめて骨の一つでも拾えれば、と思っていたがさっきの話を聞く限り望みは薄そうだ。

幽霊に遭遇できればまだマシな方なのだが、あいつに寄生して育った鏡花の残骸を見つけるのが関の山だろう。

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