二 遭遇

「──よう、また会ったな」

望まぬ再会を果たしたのは翌日の放課後。

「……待ち伏せていた、の間違いじゃないのか?」

「いちいちうるせぇ奴だな!今度こそ──」

啖呵を切ろうとしたところで豪快な音がそいつの腹から響く。

「……随分と騒々しい腹の虫だな」

「う、うるせぇっつてんだよ!」

腹を空かせていると分かった途端、急激に警戒心やら猜疑心やらが薄れていった。

──そういえばちょうど良いものを持っていたことを不意に思い出す。

「おい」

「あ?なん──っとと……何だコレ」

「見ての通り菓子パンだが」

より具体的に言えばチョココロネなのだが、そこは重要な情報ではないだろう。

「お、オレが聞きてぇのはそういうことじゃねぇよ!」

「それを渡した理由か?ただの気まぐれだ」

「っ……タバコ代は屁理屈捏ねて意地でも渡さねぇクセにこれは気まぐれ一つでよこすのかよ」

「要らなければ返すなり捨てるなりすれば良いだろう」

「ああクソ!どこまでもムカつく奴だな!」

口で勝てないと悟ったのかビニール袋を乱暴に破り、菓子パンを貪り出す。

──気まぐれはただの方便で本当は空腹を解消してやりたかった、という本音は全力で隠すとしよう。


「……む、鍵が掛かっているな」

門や施設の出入り口に鍵が掛かっていなかったから油断していた。

この手の施設なら受付の奥にキーストッカーがあってそこに施設内にある全ての部屋の鍵が保管されているはずだが、今も鍵が残っている保証は無い。

とはいえ他に鍵がありそうな所に心当たりが無い以上、それだけが頼みの綱だ。

「必要なのは資料室の鍵か」

有力な情報が見つかりそうな場所だけに見過ごしたくは無いが、鍵を見つけられなかったら素直に探索を諦めるとしよう。


「資料室の鍵は……これか」

キーストッカーにはタグの付いた鍵が何本もぶら下がっていて、その中に目当ての物──資料室と書かれたタグの付いた鍵は存在した。

経年劣化でタグが千切れてどの鍵がどの部屋に使うものか見分けられない可能性を考えもしたが、どうやら杞憂だったらしい。

「他は……まだ良いか」

わざわざ纏めて持っていくよりは必要になったものを適宜取りに来た方が良いだろう。

今はこの資料室の鍵だけあれば充分だ。


「──む、これも植物の観察レポートか」

五冊連続でそうだったということはこの本棚に収められているファイル全てがそうなのだろう。

さすがは植物研究所、と言いたいところだが今欲しいのはこういう資料じゃない。

例えばそう、かつてこの研究施設にいた職員の名簿とか──

「とりあえず他の本棚を……む?」

物音がした方に懐中電灯の光を向けると、予想はできても遭遇するとは思っていなかったものの姿を目の当たりにする。

「そ、そんな……嘘、だろ……?」

「お前は……」

多少乱れてはいるが一目で研究者と判断できる服装をした男が驚愕した顔でこちらを見ている。

幽霊に驚かされる展開はありがちだが、逆に幽霊の方が驚く展開はあまり耳にしたことがない。

「せ、先、生……?」

「……そう呼ばれる職に就いてはいるが、見ず知らずの幽霊にそう呼ばれる筋合いはない」

「えっ、あ……こ、こりゃあ失礼!」

我に返った幽霊は慌ただしく身だしなみを整え、咳払いをする。

「そんじゃ改めまして……っと、センセイはどちら様ですかね?」

宵ヶ原逢莉よいがはらおうり、ワケあってここに来た物好きな大学准教授だ」

「こりゃまたご親切にどうも、不公平にならないよう俺の方も自己紹介させてもらいますよっと」

にやりと笑みを浮かべ、幽霊は役者のようなポーズを取る。

「生きてた頃はここで働いていた研究員の端くれ、今はしがない幽霊の暁郷菖馬あきさとしょうまです。どうぞよろしく」

「……お前はそういうふざけた言い回しをしないと他人と会話が出来ないのか?」

「ちょっとセンセイ、こっちは陰気な雰囲気を吹き飛ばすそうと頑張ってるんですよ?その努力を塩対応で流すの止めてもらえません?」

「生憎と素っ気無い振る舞いが平常運転なのでな、気を悪くしたなら謝罪する」

──そういえばあいつもこんな風に機嫌を損ねることが多かった。

この幽霊──暁郷の方が何倍も穏便だが。

「いやまぁ、そんな生真面目に謝られてもそれはそれで対応に困るんですけどね?」

「……いちいち文句の多い奴だな」

「そういうのが気になるタチなんですよ。あーもう良いです、話変えますけどセンセイがこんな廃墟に足を運んで来たワケって何なんですか?」

「昔の知り合いを探しに来た」

「知り合い、ねぇ……」

眉を顰めながら暁郷は周囲を軽く見渡す。

「まぁ間違いなく死んでるでしょうね、ご覧の有様ですし」

「元より生きてる状態で再会できるとは思っていない」

「じゃあ骨でも拾いに来た、ってとこですかね?」

「拾う骨が残っていればそうなるな」

「案外ノリ良いですねセンセイ……まぁこれも何かの縁でしょうし手伝いますよ、センセイの知り合い探し。ここの人間ならもしかすると俺が知ってる奴かもしれませんしね?」

「……そうだな、少しばかりアテにさせてもらおう」

「それじゃ交渉成立ってことで」

どこか引っかかる言動は多いが、少なくとも悪意ある嘘を吐くタイプでは無さそうだ。

程々の距離感を保ちつつ、うまいこと目当ての情報を聞き出すのが理想だが果たして──

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