鏡怪談 伍:鏡花ノ話
等星シリス
一 邂逅
そいつと出会ったのは高校生の頃だった。
「──なぁ、そこのお前」
「……?」
「何とぼけてんだよ、お前しかいねぇだろうが」
まぁその通りなのだが、こんないかにも怪しい奴に声を掛けられたらとぼけたくもなる。
「……俺に何の用だ?」
「ちょおっと金貸してくんねぇかな、タバコ一箱分で良いからさ」
「断る。見知らぬ他人に金を貸してやる義理はないし、それ以前に未成年がタバコを買うのは法律違反だ」
風貌を見るに俺と同い年か少し年下くらいだろう。
そんな奴がタバコ代を欲しがる理由は当人が余程の不良であるか家庭環境が崩壊しているかのどちらかだ。
どちらにせよ同情してやる気は無いワケだが──
「てんめぇ……折角人が穏便に話を済ませようとしてるってのに、痛い目を見なきゃ分かんねぇらしいな!」
「っ──」
「なっ……!?」
「見かけ倒し、とは正にこのことだな」
特定の型にはまっていない、ただ乱暴なだけの回し蹴りを防ぐことはさほど難しくない。
来る方向を見定めて鞄を盾にすれば被害を最小に抑えられる。
後は驚いている隙を突いてもう片方の足を掬ってやれば反撃は充分、バランスを崩して倒れた時に生じる痛みですぐには立ち上がれないはずだ。
「ってぇなぁおい……!」
「っ、お前……」
ぶかぶかのジャケットを着ていた上に帽子を目深に被っていたからすぐには気づけなかった。
「女……だったのか……」
「あ?だったらどうしたってんだよ。同情して金渡す気にでもなったか?」
「いや全く」
「あっ、オイコラちょっと待て!」
後ろで響く怒鳴り声の大きさを鑑みるに追いかけて来ているのだろうと予想がつく。
面倒なのに目をつけられた、この時抱いた感想はその一言に尽きた。
「──ここか」
長年放置されて傷んだ看板には
「……とても人が住んでいる雰囲気には見えないな」
元より期待していなかったが、住人から話を聞ける可能性は無いと見るべきだろう。
──尤も、住人が居たとしても俺が求める答えを示してくれるとは限らないワケだが。
「さて……」
門は閉じてこそいるが鍵が掛けられていないお陰で敷地内への侵入は容易に行えた。
かつては色とりどりの花が植えられていたであろう花壇は荒れ果て、雑草の一本も生えていない。
「……む?」
色褪せた土の上、枯れた花弁や葉の中にかなり原型を留めた花が紛れている。
この花は──
「クレマチス……いや、これはまさか、
彼我見市固有の花であり強い毒性を持つため個人での栽培が禁止されているはずの花が何故こんな所に落ちているのだろう。
可能性があるとすればここが市から栽培の許諾を得た機関だという線だが──
「……余裕があれば調べてみるか」
ここで何の研究をしていたのかについて、正直なことを言ってしまえばあまり興味が無い。
当初の目的を果たした後、もし覚えていたら調べてみようかと思う程度だ。
──この時点では興味を持たなかったことを否が応でも調べる羽目になるのはもう暫く後の話だ。
「……暗いな」
元々期待はしていなかったが施設内に電気は通っておらず、外の光が差し込む窓際以外は暗闇に包まれている。
念のためにと懐中電灯を持ってきたのは正解だった。
「こっちは研究所の方か」
目当ての情報があるとしたらこちらだとは思っていたから都合が良い、と言いたいところだがさてどこから調べたものだろうか。
案内板を見る限りこの研究所には地下があり、万華鏡園へ行くには地下の連絡通路を通る必要があるらしい。
今のところ万華鏡園へ行く理由はないが一応覚えておこう。
「とりあえず手近な部屋から調べてみるか」
何かあればそれで良し、何も無ければ次の部屋に行ってまた調べる。
それを繰り返していけばいずれは見つけられるはずだ。
俺が求めるもの、十年近く探し続けてきた答えがきっとここに──
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