第7話 女王とロアン

「頼も――!氷の女王様!御面会をお願いしま――す!」


「姫様、あまり礼儀正しくないようですが、大丈夫ですか?」


 ロアンの心配をよそに門が左右に大きく開く。

 二十歳前後の執事のような若者が立っている。ただ、人間ではない。

 氷で出来ていて、そのため表情はない。

 きっと女王の魔法で作られているのだろう。


「こちらへどうぞ。」


 氷執事の後をついて行くと、大広間にたどり着いた。

 中央の短い階段上の玉座に座っている女王は白く長い髪に白い肌、そして金色の眼。全てを超越したような非の打ちどころのない美しさ。

 この人の横に並ぶのは女性として相当勇気がいりそうだ。

 しかし、ためらっている場合ではない。


「突然お邪魔して申し訳ありません、女王様。ソフィアと申します。こちらは従者のロアン。不躾ぶしつけですが、女王様が拾った若者は私のものです。お返しいただけませんか。」


 女王は薄く笑った。


わらわは基本的には人間にかかわらぬ。だが、あの若者とそなたたち二人は魔王の呪いを解いたり、面白い魔法がかかっておったりして興味がある。よかろう。あの若者は返してやろう。そのかわり……。」


 その代わり何だろう。アルバートの記憶を封じて0の状態で私か女王かどちらかを選ばせるとか…。マズい、勝てそうな気がしない。ロアーナにすら負けてると思うことがあるのに。ああ、アルバートにもっと優しくしておけばよかった。首元を締め上げている場合ではなかった。


「あははは!面白いことを考えておるのう。それもいい考えだが違う。」


 こちらの考えを読めるなんて!

 ロアンを見ると、無の表情をしていて心を閉じている。なるほど。


「私は何でも持っている。金銀財宝に宝石。若くて美しい体に魔力。欲しいものは何もないのだよ。だから私に何かを『欲しい』と思わせればあの若者を返して、ついでに冬に冬眠しないようにしてやろう。ただし、魔力を使うことは一切禁止だ。魔法を使っても面白くないだろう?」


 こっちはそんなに魔法が使えないのだけれど。

 ロアンと顔を見合わせる。欲しいものがないなんて。

 私は物欲がないほうだが、国を治めるのにお金はいくらあっても足りない。

 橋を修理したり、備蓄の食料を蓄えたり。

 隣にいるロアンは何やらぶつぶつ言っている。ロアンはこの前の旅で願いを一つかなえてもらったのにまだ欲しいものがあるのか。


「私しかもっていない最新のドレス。最先端の発色の化粧品、お肌が潤うクリーム、細かいレースの手袋…。詰まるところお金か。」


「ロアン、思っていることが口に出ているよ。もう最強の杖とか古の魔法とか言わないんだな。」


「申し訳ありません。アルバート様が来てからすっかり自由になってしまって。」


「私たちで用意できて女王が欲しいと思うものは何だろう。かっこいい王子様とかかな。アルバートは困るけど。」


「…アルバート様がかっこいい王子で女王様が欲しければ、そもそも返してもらえないのでは、いえ、失礼いたしました、首元を締めようとしないでください。」


「魔法が使えない時はいつも姑息な手段で切り抜けていたけど、今回は…。」


 その時、ロアンがひらめいた、という顔をして頷いた。


「姫様、わたくし達にはアレがあるではありませんか。女王様、ちょっと準備が必要ですので取ってまいります。絶対に女王様のお気に召すものだと確信いたしております。では、失礼して。姫様はここでお待ちください。」


 ロアンがいなくなり、一人で取り残されたときに思い切って女王に聞いてみる。


「アルバートは無事なのですか。」


「ああソフィアとやら、会いたいか?」


「もちろんです。」


「こっちだ。ついてこい。」


 女王自らアルバートの眠っている部屋に案内してくれた。

 アルバートは物語の眠れる王子様のように静かに眠って……いるのではなく、ふんわりとあったかそうな掛布団にくるまって幸せそうに微笑みながら丸まっている。

 どれだけ心配して、どれだけ苦労してここまで来たのかと怒りがわいた。起きたらただじゃすまないからな。


 しばらくして大荷物と一緒にロアンは戻ってきた。


「女王様、姫様、お待たせいたしました。色々と新作の用意もしてまいりましたので、遅くなってしまい申し訳ありません。」


「何を持ってきたのか知らないが、本当に私に『欲しい』と思わせることが出来るのだろうな。」


 少しあきれ顔の氷の女王は尋ねる。


「お任せください。今日は練習と仕込みをしますので、明日チャレンジさせてください。姫様、時間がありません。まずは打ち合わせから始めましょう。」



 ◇◇◇◇


 呪いが解けたばかりの、訳アリ眠り王子を拾った。なんとなく気が向いたから。

 そうしたら眠り王子を返してほしいという姫が現れた。

 面白い。いつも退屈、いや何も感じることなどなかった。

 心が振れることが今まで私にあったのだろうか。

 私に魔力で勝てるものなどいない。魔王ですら互角だろう。

 すべてを手に入れた。欲しいものなどない。

 それなのにあやつらはいとも簡単に、私に『欲しい』と思わせることができると言う。やってもらおうか。

 もしできなければ全員まとめてカエルだ――。


 ◇◇◇◇


「それでは、女王様は玉座に座り、私たちが魔法を使っていないことを確認しながらご覧になってください。」


 一張羅の黒い魔法使いローブを着たロアンは、にこやかに微笑み、パチンと指を鳴らす。鳴らした手に瞬時に出現した赤いバラの花を優雅に女王に捧げた。


「えっ、確かに魔法の気配はなかったのに、どうして…。」


 続けて指を鳴らして白いハトをまるで空中から取り出すように何羽も出現させる。そう、これはロアンお得意のマジック。

 ロアンは魔力が少ない。その少ない魔力を補うために、一流マジシャン以上に色々とマジックを習得している。

 今までに魔法使いだというと、じゃあ何かやってみろ、ということになるがロアンは大した魔法が使えない上に魔力を無駄遣いできない。

 だからマジックで魔法を使ったように見せかけて胡麻化している。

 バラもハトも仕込んであるから魔力は使っていない。

 女王は驚いた顔でロアンを見つめた。効いてるな。


 私は普段だったら絶対に着ないが、アルバートのためにスリットがとても深く入っている黄緑のスパンコールドレス姿で箱の中に入る。

 その箱にロアンが剣を次々とグサグサ刺していく。


「あっそんなことをしたら!」


 女王が小さく叫ぶ。

 全部刺した後、剣を抜いて、じゃじゃーんと無事に箱から出た。


「えっどうして?」


 私が入った檻に布をかぶせて三つ数えて布を取ると、犬のぬいぐるみが入っている入れ替わりマジックも、布が上から落ちる一瞬で衣装が替わる早着替えマジックも、女王はそこらの村人と同じように大いにお気に召したようだ。

 ロアンが相当気合を入れたマジックは大成功のようで、かえって驚く。


「女王様、いかがでしょうか。」


「素晴らしい!魔法なら分かるが、そうでないとしたら一体どうなっているのか。不思議だ。ぜひからくりを知りたい!」


「女王様にそんなに楽しんでいただけたようで光栄でございます。マジックは全てタネと仕掛けがございますが、作法としてそれらを明かすことはできないことになっております。」


 すました顔でさらりと言うロアン。私は打ち合わせ通りに畳み掛ける。


「いかがでございますか。もしよろしければ、貢物として毎年新しいマジックを考え、練習して女王様にお見せしたいのですが。」


「おお、ぜひ見たい!そうしてくれ!」


「女王様、今、見たい、とおっしゃいましたね。それは『欲しい』と思うことの一種ではないでしょうか。それから、マジックの仕掛けを知りたいと思うことも同じ。もちろん魔法を使えば簡単なことですが、せっかく私たちが知り合い、楽しい時間を過ごせたのです。ここまで人間の身で頑張った私たちに褒美を下さいませ。」


「そなたの言うこと、もっともだ。よろしい、アルバートの冬眠体質を改善して返してやろう。」



 全員でアルバートの眠っている部屋に押し掛けて、女王の動きを待つ。

 手を一振り。


「済んだ。これで大丈夫だ。」


「さすが女王様、随分とあっけないですね。しかし起きませんが……姫様、もしかして口づけしないと起きないのでは。」


「えっ、こんな大勢が見てるところで…。」


「いや、ベッドから蹴り落とせば目覚めるだろう。ただ眠っているだけだから。」


 蹴り落とすのはさすがにやりすぎなので思い切り首元を締め上げることにした。


「このポンコツカエル王子め!ちゃん帰ってこなきゃダメじゃないか。どれだけ心配したか!」


「く、苦しい…。ごめんなさい、何が悪かったのかわからないけど、とにかく謝ります、許して。」


「アルバート様!!姫様、締め上げすぎです!」


「ソフィア、そのドレスの色あまり着ないけど似合ってるよ。何かあったの?ここどこ、どうして僕はこんな所にいるの?あれ、どうしてソフィアもロアンも泣いているの?」

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