第6話 行方不明のカエル王子

 バルコニーから落ちて、気がついたらヘンリーの部屋のベットにいた。

 ソフィアはなんだか不機嫌だし、ロアンも目を合わせてくれない。

 レイチェルの問題も僕が気を失っている間に解決したらしい。

 一体どうなっているのか。

 一部始終をおかしそうに説明してくれたヘンリーの話を聞いて、僕は青ざめた。


「でも、すべてうまくいったのだからいいじゃないか。」


 そういう問題だろうか。そもそもバルコニーからの逢瀬に成功していないし、ロマンチックなソフィアとのキスじゃなくてロアーナとキスとか…。

 もっと自分を見つめ直して反省したほうがいい。

 誰か第三者に相談したい。

 ようやく帰ることになり支度をして城を出る前に、僕はソフィアを呼び止めた。


「帰り道、金髪碧眼領主のリチャード様に会いたいんだ。ソフィアとロアンは先に帰っていて。少し話したらすぐに追いかけるから。」


「カエル王子の先輩に何か聞きたいことでもあるのか?」


「まあそんなところ。」



 ――そして分かれ道で別れた後アルバートは姿を消して帰っては来なかった――


◇◇◇◇


「アルバートのやつ、もう五日もたつのにまだ帰ってこないなんて!どこで油を売っているのか。帰ってきたら首元を締め上げて…」


 普段の私は冷静なほうだが、イライラして実家の城の周りをうろついていると、ロアンが魔法使いのローブをたくし上げるようにして走ってきた。


「姫様大変です!」


「どうしたロアン。やっとアルバートが帰ってきたのか。」


「いいえ、アルバート様は帰ってきませんが乗っていた馬だけ帰ってきました。」


「何だって!馬だけ?」


「きっと何かあったに違いありません。もしかしたらカエルに戻って鳥かヘビにでも食べられてしまったのか、カエル好きな小さい子に捕まってペットにされているのかもしれません。」


「縁起でもないことを言うな!でもありうる話だ。よし、今すぐ探しに行こう。」


「そう来ると思って準備はできております。少し雪が舞うようになってきましたので厚手の旅装束を用意しておいてよかったです。では参りましょう。」


◇◇◇◇


 私とロアンはまず、金髪碧眼領主リチャードのもとを訪ねた。


「ああ、アルバート殿なら来ましたよ。」


 相変わらずダンディーなリチャードは愛想よく迎えてくれるが、のんびり挨拶をしている場合ではないので聞きたいことを矢継ぎ早に聞く。


「アルバートが帰ってこないのですが、一体何の話をしたのですか。いなくなった原因はそれでしょうか。」


「いや、違うと思う。なんでも自分を見つめなおすにはとか、カエルになる前の記憶があるかどうかとか聞かれたんで、そんなごたごた考えて過去のことに思い煩っている場合ではないと叱ってやったよ。過去が王子であれ、ダミーのカエルであれ、関係ないことだ。今、精いっぱいできることをやって、自分と自分の大切な人が幸せになるのに全力を尽くすことが大切だろう?もしかしたら思い出したくもない辛い過去かもしれない。覚えてないのが幸いかも知れないのに、そんなに気になるなら私が適当に作ってやる、と言ったらすっきりした顔をして帰って行ったぞ。」


 アルバート、まだ過去にこだわっていたのか。

 一度気を失うくらい締め上げてやらないといけないな。でも、納得したならなぜ帰ってこないのか…。


「申し訳ありませんでした。あの、他に何か心当たりはありませんでしょうか。」


「……ああ、一つ言い忘れていたが、カエルから人間に戻った数年は、冬が来ると異常に眠くなったよ。気をつけろと言っておけばよかった。そのあたりで眠っていなければいいが。」


 何だって!大したことではないみたいに、しれっと言うけど大問題じゃないか!

 もしかしたらどこかで冬眠しているかもしれないってこと?

 そんな大切なこと、なんでアドバイスしてくれないんだ!


「あの、カエルに戻って冬眠するのでしょうか、それとも…。」


 ロアンが恐る恐るという感じで尋ねてくれたので、怒りから我に返る。


「人間のままだ。ただしカエルは冬眠できるが、人間は凍死してしまうおそれがあるな。ちゃんとあったかくして寝ないと。」


 リチャードめ、呑気なこと言ってる場合じゃない!また怒りが復活してきた。


「姫様、すぐに街道沿いに誰か眠っているアルバート様を見かけなかったか探しに行きましょう!」



 アルバートを見かけたという人はあっけないほどすぐに見つかった。


「馬に乗ってふらふらしていた黒髪の男がいたけど、あっちの道を行ったわよ。」


 えっ、そっちは帰り道じゃないぞ。



「ああ、若い黒髪の男なら、馬から滑り落ちてそこの木の根元に倒れ込んでいたなあ。」


「助けていただけたのでしょうか。」


「ちょうど氷の女王が通りかかって、若者を拾っていったが。」


「は?氷の女王?」


「氷の女王を知らないのか。女王はここからずっと北に行った氷でできた城に住んでいて、人間には関わらない。そして私らも女王には関わらないんだ。」


「姫様、また面倒なことになりましたね。アルバート様を返してもらいに行かなくてはなりません。」


「もちろんだ。まったくもう、さらわれるのは姫君の役で王子が助けに来るのがセオリーなのに、アルバートはやってくれる。カエルのときを入れて、助けに行くのは今回で二回目だぞ。バルコニーからも落ちてるし。」


「カエルのときは仕方ありませんし、今回もまあ不可抗力ですよ。すんなり返してもらえればいいのですが。」



 氷の女王の城まではたいして苦労せずにたどり着いた。

 透明なガラスのような氷で作られた美しく、冷たい城。


「これはどうやって入り口まで登るんだろうな。」


「過去最高に足元に気をつけなければなりませんね。だいたい姫様が蜘蛛に化けて日向ぼっことていた魔王をうっかり踏みつけたから、呪われたんですよ。あれからの人生、私は姫様の足元ばかり気にしていました。」


「それは言わない約束だろう。それより、ロアンの魔法で入り口までひゅーんと行けないのか。」


「それは言わない約束です、そんな魔力は…ああ、落下防止の魔法なら少しは役に立ちますよ。」


「……頼む。」


「少しだけ体を温かくする魔法もかけておきますね。」


 こうして冬山登山することになったがロアンの魔法のおかげか、アルバートへの怒り、いや、心配のせいか、サクサクと登ることができた。

 少し吹雪いてきたとき、ようやく氷の城の入り口にたどり着いた。


「姫様、忍び込むのか、正面からかどちらにしましょう。」


「私たちが登ってきたのは氷の女王にはバレているだろう。ここは礼儀正しく正面から行こう。」


 深呼吸をして腹の底から声を出す。


「頼も――!氷の女王様!御面会をお願いしま――す!」

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