第3話 死の舞踏
幽霊退治成功(退治してないけど西の塔からはいなくなったので、みんなには退治したと報告した)と僕とソフィアのための舞踏会当日。
舞踏会の途中で人の動きがざわざわしたとき、ロアーナにレイチェルを乗り移らせて相手がいないか探索することになっていた。
ソフィアの支度をさっさと終えると、ロアンは自分の支度を入念に始める。
まだ日没前で男性だが、女性になってから支度をしたのでは間に合わないらしい。
僕は自分で着替えて、支度のできたソフィアを眺めて喜びつつ、ロアンの様子をちらちらと盗み見る。髪を結ったり、化粧したりする時間が異常に長い。
相当気合が入っているようだ。
「ロアンはそんなにめかしこまなくても、とってもきれいだよ。ソフィアには負けるけど。」
「どうしても若さでは負けております。その分頑張りませんと。」
僕がカエルから人間に戻り、初めて知り合ったときのロアンは、いつも冷静沈着で思慮深く、頼れる兄のようだったのに今、鬼気迫る様子で化粧に没頭している姿は本当に怖い。
日没が過ぎると女性になり、体のラインが美しい、銀の目と銀の髪に映える光沢のある赤いドレスを身にまとう。
はっきり言おう。ソフィアとロアーナより美しい女性はいない。
後は好みの問題だけど、それくらい美しい。
思わず、ジロジロジ~って見てしまう。
そんな僕を見て、ロアーナは閉じた唇の端を少しだけ上げた。
僕はソフィアのエスコートをするので、ロアーナはヘンリーがエスコートしてくれることになっている。迎えに来たヘンリーの顔はとてもうれしそうだ。
「ヘンリー様、王子様にエスコートしていただくなんて申し訳ありません。初めだけ一緒にいてくだされば、後は私のことは放っておいてください。」
「何も遠慮しなくていいよ、ロアーナ。私にはまだ決まった婚約者はいないのだから。ぜひ一緒に…。」
「あの、言いにくいのですが、ヘンリー様がそばにいると他の殿方に誘われにくくなります。私、なるべくたくさんの殿方と踊りたいのです。」
「……そうなんですか。」
舞踏会は明るくて楽しい雰囲気だった。
僕はソフィア以外の女性に興味はないし、目を離したすきにソフィアが他の男に誘われるのが嫌なので、ずっと彼女に張り付いている。
そんな僕をソフィアは笑って許してくれる。
「ロアーナと一緒の舞踏会は久しぶりだけど、随分とたくさんの男性と踊ってるねぇ。たまに庭やテラスの方へいなくなってるし。」
「ロアン、いやロアーナのことだから大丈夫だろう。それにしてもあんなに楽しそうなのは嬉しいような、なんか複雑…。アルバートもロアーナと一度くらい踊ってくれば?支度しているときしげしげと見ていただろう?」
「意地悪だなあ。僕はソフィアさえいればいいから。それよりも少し疲れたね。庭に出てベンチに座らない?」
真夜中過ぎの城の庭。明かりは城の中からもれる光だけ。
ここでロマンチックなセリフの一つでも言わなくちゃ。
「ソフィア、あの…、」
「しっ!テラスにいるのは……ロアーナだけど、雰囲気がおかしい。ロアーナがあんなに自分からくっついて。いつも相手が自分に落ちたと同時に、冷たい態度でさっさと次の獲物に取り掛かるのに……目が紫色になってないか?」
「えっ。本当だ。どうしちゃったんだろう。もうレイチェルを乗り移らせたのかなあ。ロアーナが舞踏会をたっぷり楽しんでからのはずなのに。」
「想定外にレイに乗り移られたのかもしれない。アルバート、ロアーナを誘って踊りながら会場を突っ切ってヘンリーの部屋に連れ込め。私はロアーナの相手の男を何とかしてから合流するから。」
素早く的確な指示を出すとソフィアはロアーナと話している男性に声を掛けた。
その隙に僕がロアーナを捕獲する。確かに目が紫だ。
「レイチェル、もうロアーナに乗り移っているの?目当ての人がいたの?」
「すみません、久しぶりの舞踏会が嬉しくて少し強引に乗り移らせてもらいました。さっきの人が気になったのですが、違いました。」
レイチェルの気持ちもわかるけど、とにかくロアーナをここから連れ出そう。
あまり長いと魔力が切れて倒れてしまう。
「レイチェル、一曲踊ってください。」
強引に手を引いて広間に戻す。
広間は初めよりも空いていたけど、正面扉の方へ誘導しながら踊るのは至難の業だった。しかも、さっきまで明るい曲だったのが今は気味の悪い、死者の舞踏曲のような妖しい曲調に変わっていた。
ソフィアのすっきりとした美しさではない、ねっとりとしたロアーナの妖艶さ。
それがさらにいつもより妖しい。
僕がソフィアを好きでなかったら、きっとロアーナの魅力に憑りつかれていたことだろう。一瞬、鏡に映る僕とロアーナが目に入る。ああ、我ながらかっこいい。
金髪碧眼でなくても黒目黒髪で十分。
今日の僕は衣装も何もかも黒で統一してタイだけ銀。ロアーナとお似合いかも。
その時、思い切り背中をどやしつけられてびっくりして振り向くと、ソフィアがヘンリーと踊りながら般若のような顔をしている。
ごめんなさい、わかりましたというように
少し不自然にリードして、ようやく広間から出た。
レイチェルが何か言う暇を与えず、僕とソフィアとヘンリーは彼女をヘンリーの物置兼書斎に連れ込む。
「それでどう?今夜の招待客の中にレイチェルの運命の相手はいたの?」
「申し訳ありません、あの中にはいませんでした。」
レイが体から出ると、ロアーナは辛うじて意識を保っていたが、立っていることはできなくて椅子に寄り掛かるように座った。
ヘンリーはやれやれというように首をふる。
「今夜の舞踏会には主だった貴族はほぼ出席していたのにダメだったか。」
「アルバート、ロアーナを部屋まで運んで。随分と楽しそうに踊っていたな。ロアーナぐらいの大人の女性が好みなのか。」
「違うよ!ごめんなさい、ロアーナがあまりにも魅力的で。」
「何があったのかぼんやりとしかわかりませんが、私の美しさがご迷惑をかけたようで申し訳ありませんでした。」
「ロアン、言うようになったね。」
レイチェルの相手は生きていないのか…このあたりのどこかの墓地で幽霊になっているのか…先が思いやられる。
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