第2話 簡単にはいかない


 コンコンコン、と三回ドアノックの音がした。

 正式な場でのノックは四回のはず。三回は家族や友人、恋人など親しい相手がいる場合。しかも結構遅い時間。きっとロアーナがなにか急用で来たに違いない。

 せっかくの大チャンスだが、未練を振り切ってソフィアから手を離す。


「どうぞ。」


「こんな夜分に済まない。アルバート王子……まだ起きていたか?」


 招かれざる客はヘンリー王子。

 普通なら従者同士が前もって訪問の予定を確認するところで、このような突然の訪問は大変無礼だが、僕には従者がいないしな。

 それにしても親しい同士のノックの回数はやめてほしい。

 いつから君と親しくなったんだ。

 金髪碧眼王子の登場にまたしても顔がゆがみかけるが、ソフィアの視線を感じて慌てて作り笑顔を張り付ける。

 口元だけゆがんだ笑顔の僕と一緒にソフィアがいるのを、驚いた顔で見ているヘンリー王子。ソフィアが取り繕うように笑って僕を小突いたが何を言ったらいいのかへどもどしてしまった。


「こんな遅くに私のアルバートに何の用かな?」


 えっ、ソフィア、今『私のアルバート』って言ってくれた?

 心がぱぁぁと明るくなる。多分今、しまりのない顔をしているだろう。

 突然のヘンリー王子の訪問、許そうじゃないか。僕たちの仲を誤解するがいい。

 ヘンリー王子はバツの悪そうな顔をして僕たちを見た。


「実は、…アルバート王子に晩餐の時に失礼な態度をとったことを謝りたくて。本当に申し訳なかった。…私は以前からソフィアが好きで、ソフィアの呪いだって私が解きたかったんだ。だが、カエルじゃないからって断られてしまって。すまない、アルバート王子がうらやましくて……。二人の仲がここまで進んでいるなら私はあきらめるしかないな。」


 僕とソフィアの仲は謎の口づけ二回までだけど、そんなことをわざわざ言う必要はないな。いいやつみたいだが、相手はイケメンの金髪碧眼王子。

 ヘンリー王子が恋のライバルだったら危ないところだった。


「ヘンリー王子のお気持ちはよくわかりました。僕のことはアルバートと呼んでください。それよりせっかくですから、西の塔に出る幽霊のことをもう少し詳しく話してくれませんか。」


「ありがとう、アルバート。私のこともヘンリーと呼んでくれて構わない。もう親戚のようなものだし。あの幽霊が出るようになったのは半年くらい前からで、ただふわふわとした白いものがただよっているだけで害はないようだ。が、なにしろ西の塔は見張り場として重要なので困っているんだ。昼間には出ないので、明日の夜に案内しよう。」



「――ということが昨夜あったんだよ。」


 次の日の昼過ぎにロアンとソフィアの三人で事前の打ち合わせをする。


「なるほど、そうでしたか。」


「ロアンは何をしていたの?」


「魔力温存のため、体を休めていました。久しぶりにたくさん眠りましたよ。

 それと、軽く城内の聞き込みを。」


 どうりでロアンは顔色がよく、肌も艶々していた。

 夜遊びするようになって睡眠不足だったな。

 ロアンは魔力が少なくて、火をつけるとかちょっとした傷を治すくらいの、別の道具があれば事足りるくらいの魔法しか使えない。

 幽霊と魔力勝負になったら大丈夫なのか。


「それで、なにか有益な情報は手に入ったのかい?」


「ここ一年ほど、若くして亡くなったとか、殺されたとか、特にこれと言って悲劇的な死は無かったようです。」


「でも、成仏できないってことは何かあるよね。」



 その日の深夜、ソフィアと僕とロアーナはヘンリーの先導で西の塔に案内された。月が出ている晩で青白い月光がらせん階段の窓から差し込んでいる。

 ちょっと震えているのは肌寒いからで、怖いからじゃない。


「ヘンリー、ロアンの姉のロアーナだよ。昼はロアンが、夜はロアーナが私の身の回りのことをしてくれるんだ。」


「ソフィアの従者のロアンは知っているけど、姉がいたのか。銀髪と銀の目、ロアンにそっくりだ。でも、ロアーナの方が美しい…まるで月光の精のようだし、私は年上の女性が好みなんだ。」


 ヘンリーがこれ以上ロアーナに興味を持つ前になんとかしないと!


「あの、ヘンリー様、幽霊はどちらに。」


「ああ、アルバートの頭上でふわふわしている白いものだよ。」


「ひゃあ!」


 頭を押さえて上を見た僕の頭上で幽霊がふわふわしている!

 ロアーナとソフィアが近寄って、しげしげとながめた。


「これは…。多分、人間の魂でしょう。呪いという感じは…うーん、どうでしょう…。自力で人型をとれていないので、何かをしてくることはないと思います。放っておいても大丈夫ですが、気味が悪くて不都合であれば私の魔法で消し去りますがどうします?」


 カエルを消し去るのはロアンの得意技だったな。幽霊も出来るのか。

 今までの僕ならさっさと消し去って帰りたいって言うだろうけど、少しこの幽霊が可哀そうになった。幽霊だから金髪碧眼かもわからないし。


「ちょっと待って、ロアーナ。どうしてこの幽霊はここにとどまっているんだろうか。何かし残したことか、未練があるから成仏できないんだろう?話を聞いてあげて成仏する手助けをできないかな。


「……わかりました。あの幽霊を体に降ろしてみます。私に乗り移ったら話しかけてみてください。ただし長時間は無理です。」


「そんなことをして大丈夫?」


「お任せください。」


 ロアーナが呪文をつぶやきく。

 幽霊がロアーナの体に吸い込まれるように一体化した。

 ロアーナの銀の目が紫色に変わる。妖しい美しさ。

 僕は意を決して話しかけた。


貴方あなたはどなたですか。無くなった後にここに留まっている理由をお聞かせ願えませんか。」


 紫の瞳のロアーナはゆっくりと口を開く。


「私はレイチェルといいます。覚えているのは、彼と駆け落ちの待ち合わせをしていたのに会えずに私が死んだということ。……私と彼は決して結ばれないのです。私は何度生まれ変わっても彼と出会い、恋に落ちるのですが、あと少しというところでいつもダメになってしまうのです。」


「それは、な、なんて不吉な。それって呪われてない?しかもちょっと身に覚えがあるような気がするのが嫌なんだけど。具体的にどういうことがあったのか聞いてもいいですか。」


「はい、ある時は私と彼は愛し合っていながら隣村とのいざこざが原因で関係修復のために私が隣村に嫁ぎ、彼が隣村の娘と結婚しました。生まれ変わっても似たようなことが隣町、隣国との間であったり、またある時は結婚間近で私か彼が事故か病気で死んでしまったり、今度こそというときにいくさが起こって彼は帰らぬ人となりました。……耐えられないのは、私と彼は毎回、お互いが運命の相手だと確信するのに、すんなりと結ばれない面倒な恋に落ちることなのです。」


 おいおい、随分重たい話じゃないか。婚約者フィアンセに言い残したことがあるとか、舞踏会で王子様と着飾って踊りたかったとか、僕たちで実現可能な未練かと思っていたが甘かった。

 そういうのなら協力してあげて成仏してもらおうと思っていたのに、今更相手を探して駆け落ちするのに協力するなんて無理な話だ。相手が何処の誰で、生きているかもわからないのに。

 この悩みは僕達では力になれないんじゃ…。

 ロアーナの魔法で光の彼方に消し去ってもらった方がいいのかと思ってソフィアを見ると、彼女はにっこりとほほ笑んでいる。


「アルバート、今までならさっさと片付けて帰ろうとしたのに、何とかしてあげようと自ら取り組む姿勢が素敵だよ。やはり私が選んだカエル、いや相手だよ。」


「当然じゃないか、ソフィア!ただどうしたらいいのか全くわからないよ。何かヒントがあればいいけど。」


「アルバート、呪いじゃないかもしれないけど、そのたぐいの話は愛する者同士の口づけで解けるのでは?」


 ヘンリーが提案する方法もいいけど……。


「どうかなあ、異国の物語では出会いがしらの口づけで物語が始まるものもあるのに、そんなに長い間レイチェルと相手の人は呪いを破るチャンスなしだったのかな。レイチェルを成仏させるだけなら、相手をどうする?試しにヘンリーがやってみるかい?」


 ちょっと皮肉を込めていったのに、ヘンリーはやぶさかではないというようにニンマリしている。こいつ、ソフィアを諦めてすぐロアーナに乗り換えてる!


「いや、一国の王子に無礼な提案をして悪かった。今のは忘れてくれないか、ヘンリー。少し考える時間が欲しいね。ロアンの意見も聞きたいし。でも幽霊がずっとこの場所にいると城の人が困るだろう?」


「あの、別にここでなくても、ひんやりして薄暗いところなら大丈夫ですが。」


 レイチェルが申し訳なさそうに言う。


「どこかいい隠れ場所はないかな、ヘンリー。」


「それなら私の部屋続きの二つ目の書斎が物置になっていておあつらえ向きだよ。そこに引っ越してもらって対策を練ろう。」


 そういうことになった。

 幽霊を乗り移らせたままのロアーナと僕とソフィアとヘンリーは、書斎兼物置に移動する。


「ここなら大丈夫です。」


 言ったとたん、ロアーナはその場に崩れ落ちた。


「魔力切れだな。私のベッドがそこにあるから寝かせたほうがいい。もう遅い時間だし対策は明日話そう。」


「ありがとう、ヘンリー。ただ、従者の身で王子のベッドは…。ロアーナはアルバートが抱えて自分の部屋に戻すから。」


「そんな!協力してくれたのだからちっとも構わないのに。」


「いや、そういうわけには。っていうかどうしてそんなに引き留めようとするんだ。ロアーナは私の従者だ。手を出そうとしないほしい。アルバート、頼むよ。」


 もちろん僕はロアーナを抱えて運んだ。軽くはなかったけどこのまま日の出がきたら、えらいことになってしまう。ヘンリー王子のベッドにという選択肢はない。



 次の日にヘンリーから昼食を一緒にしながら話をしようと伝言を受け、ソフィアとまだ多少ヨロヨロしているロアンと共にヘンリーを訪ねた。

 幽霊退治の対策を話し合うという理由で人払いしたという部屋には、昼食の用意がすでにテーブルの上にセットされていて、飲み物のお代わりは自分で注ぐというスタイル。具だくさんのサンドイッチがぎっしりで美味しそう。

 僕とソフィアはヘンリーの向かい側に座る。もう一つ、ヘンリーの横に椅子が配置されているが、ロアンは座らない。当然だよな。


「ロアン、ロアーナは大丈夫か?」


「昨夜は姉が大層心配をおかけしました。魔力が回復せずまだ寝ていた方がいいようなので失礼させていただきます。」


「……同席した方が話しやすい。ロアン、構わないから座れ。」


「はい。」


 ロアンは椅子を動かして僕の隣のテーブルの端に座った。

 しばらくはサンドイッチを食べたり、飲み物を飲んだりしてお腹を満たす。

 焼き菓子と紅茶で一息ついたとき、ヘンリーが口を開いた。


「いろいろ考えたのだが、レイチェルを成仏させるには相手を探して口づけしてもらうのが一番早いんじゃないかと思うんだ。」


「でも、相手が生きているのか死んでいるのかわからないのにどうやって探すの?」


「明後日、ソフィアとアルバートのために舞踏会を開くことになっているだろう。たくさんの貴族が集まるから、相手がまだ生きている可能性のほうから探そう。ぜひロアーナに出席してもらいたいな。ダメだったら深夜に相手の幽霊を探して墓地巡りだ。」


 墓地巡りは勘弁してもらいたい。相手が成仏していたら意味ないじゃないか。僕の不安をよそに、ロアンは舞踏会と聞いてとなりでソワソワしだした。まったくもう……。

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