第1話 本当に王子なのか
到着した城はソフィアのところの城より幾分小さかったが、ぐるりと水をたたえた堀に囲まれていて西と東に塔がついている。
着いたのが昼過ぎだったので国王夫妻との挨拶や呪いの詳しい話は晩餐の時にということになり、取りあえずは部屋で休ませてもらうことになった。
「今回はどんな呪いだろうね。大丈夫かな、ロアン。」
「さあ、話を聞いてみないことには何とも。アルバート様、晩餐にはこちらの衣装を着てください。後はお一人で大丈夫ですか?」
「うん。」
カエル以前のことはほとんど何も覚えていないのに、なんでか一人で正装に着替えられるし、ちゃんとタイも結べる。
「でしたら私は姫様の手伝いをして参ります。もうじき日没ですので、私は念のために今夜は従者用の部屋から出ないようにします。アルバート様、この城のヘンリー王子は見た目はアレですけどいい方なので、先入観を持ってご覧にならないように。」
「?見た目がアレってどういうこと?」
「見たらわかります。」
その夜の晩餐は大層豪華で、食事はもちろん、銀のカトラリーや薄いガラスのグラスは賓客用のものに違いなかった。なんとなくだけどわかる。
この城の王様とお妃様は、頼みごとがあるからか本当にいい方なのかわからないが、にこにこと愛想よく僕とソフィアを歓待してくれる。
「ソフィアの呪いを救ったのがアルバート殿か。なるほど、しっかりした方のようでよかったな。」
「ありがとうございます、叔父上。それよりも早速ですが、私たちをお呼びになった呪いについてお伺いしたいのですが。」
「相変わらずせっかちだな、ソフィアは……。実は…呪いというのは他でもない、この城の西の塔に毎晩白いフワフワとしたものが出て困っているのだ。」
王様はちょっと気まずそうな顔をして話し出した。
「叔父上、それは呪いではなく幽霊ですよね。そういうのは聖職者の方々の仕事ではありませんか。だいたい今までも何とか呪いを解いてきましたが、私たちの本職ではありません。母上の実家だから、私とアルバートの結婚の挨拶がてら伺ったようなものです。私たちを頼られても困ります。」
「固いことを言わず、何とかしてくれないか。結婚祝いと合わせて礼は弾む。実は聖職者が束になってかかっても成仏しなくて困っているんだ。」
ソフィアが結婚の挨拶がてらって言ってくれたのは嬉しかったが、結婚式が済んでからにして欲しかったよ。
鹿肉を切るナイフに力が必要以上に入る。おっと、テーブルマナーが……。
お礼はたっぷり弾んでもらおうか。
「今のところ実害はないが、薄気味悪くて見張りが嫌がるのだ。息子のヘンリーにも手伝わせるから、なんとか解決してくれ。」
ロアンが言っていたヘンリー王子は…なるほど、僕の一番嫌いで憧れる、金髪碧眼王子様か。思わず顔がゆがむ。僕は呪いでカエルになっていたとき、魔王が仕込んだ金髪碧眼王子に化けるダミーのカエルに散々姫君を横取りされていた。
今はソフィアが来てくれるまで残っていてよかったと思えるけど、自分が金髪碧眼だったらってよく思う。
「アルバート殿はソフィアの呪いを解いたカエル王子だそうですね。」
ヘンリーは20歳前後のイケメン金髪碧眼王子だけれど、感じが悪くて僕に話しかけてくる態度も横柄だ。いい方って言ってたロアン、どうかしてる。
「そうですが、何か。」
「いえ、カエルになる前はどこの国の王子だったのですか。さぞかし大国の王子様だったのでしょうが、そちらは放っておいて大丈夫なのですか?」
こいつ!一番聞かれたくないことをド直球で聞いてきたな。
そう、僕はアルバートという名前と、17歳で黒髪黒目だったこと以外は何も覚えていない。ダンスや乗馬、城での立ち振る舞いも、なんとか体が覚えているというか、できるなぁって感じだが、習ったり練習した記憶は一切ない。
本当に王子だったのかと聞かれても、どこの王子だったのか覚えていないし、自分でも確信が持てず、うつむいてしまう。
「これ、ヘンリー、失礼ではないか。」
「しかし父上、親戚筋のソフィアと結婚する相手がどんな方か、知っておきたいではありませんか。こう言っては何ですが、王子として見た目も地味ですし。」
「実は、かなり長い間カエルでおりましたので記憶があいまいで確かなことは何もはっきりと申せません。」
よくも次々と僕の傷を
僕は顔を上げて、やつのうらやま、いや、いまいましい綺麗な碧眼を見据えた。
「しかしソフィアと従者のロアンといくつかの呪いの試練を超えてきた自信はあります。自分の城の幽霊を何とかできない方に、とやかく言われたくありません。」
少し嫌な雰囲気になったが、お妃様がそれを振り払うように笑う。
「夜も更けたことですし、そろそろお開きにいたしましょう。明日からの幽霊退治に備えて今夜はゆっくり休んでいただかなくては。」
晩餐の後、自分の客間に戻ってソファの端ににうずくまった。
一人の夜はくだらないことを考え込んでしまう。
沼のカエルだったころ、姫君たちが来ても金髪碧眼王子に化ける、ダミーのカエルに騙されて、みんな去ってしまう。やっと僕を見つけてくれたのがソフィア。
ソフィアに呪いを解いてもらったのは幸せだけど、どうして僕は黒髪黒目なんだろう。金髪碧眼がよかった。
いいや、ソフィアは黒髪黒目の僕がいいっていつも言ってくれるじゃないか。
ノックの音にハッと顔を上げる。
ソフィアがもう部屋に入ってきていて少しだけうろたえた。
「アルバート、話をしてもいい?」
「いいけど、どうしたのソフィア。」
「どうしたのはアルバートの方だ。
ソフィアは優しく微笑んでソファの僕の隣に腰を下ろす。
僕は今まで何回も金髪碧眼男に出くわすたびに顔をゆがませてきた。
「顔、ゆがんでた?リチャード様って金髪碧眼だよね。イケメンだし。」
「やっぱり金髪碧眼か。さあ、」
ソフィアは僕の手をつかんで立ちあがらせる。
抱きしめてくれるのかと思いきや、表情を怒りに一変させ思い切り首元を締め上げてきた。
「私は黒髪黒目の、アルバートっていうカエル王子が大好きなんだよ。何回言わせれば気が済むんだ!」
「ごめんなさい、だって、」
「だってなに!!」
水色の瞳が怒りで怖い。
首元を締め上げる力が回を追うごとに強まっている気がする。
「だって女の子は黒髪黒目よりも金髪碧眼王子様の方が好きなものだろう?」
「そ・ん・な・こ・と・知るか――っ!!私はアルバートが黒髪黒目だから黒髪黒目が好きなだけで、もし、アルバートが赤毛で緑の瞳だったらそっちのほうが好きになってた!髪の色とか瞳の色なんてどうでもいい、全部言わないとわからないなんて、本当にポンコツ王子だなあ。」
とっても嬉しいことを言われているようだが、首元苦しいです。
「王子でないとダメ?」
「えっ?」
締め上げていた力が緩んだ。
「僕がどこの王子か、生い立ちの記憶が無くてわからないんだ。こんな僕でもいいのかなって。」
「アルバートが王子でなくても私はかまわない。むしろ王子でない方がいいくらいだよ。突然思い出して国に帰るって言われたら困るじゃないか。アルバートは私の運命の相手だろう?」
「ごめん、ソフィア。心配かけて。でも悩みが一気に解決してホッとしたよ。」
僕はソフィアを引き寄せて抱きしめる。ああ、ずっと抱きしめていたい。
そういえば僕とソフィアは今まで二回しか口づけしたことがない。
一回目はカエルだった僕を人間に戻すとき。
二回目は眠りの呪いで眠っているソフィアを起こすため顔面激突したとき。
今、三回目にしてようやくまっとうな口づけをするチャンスが……。
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