九 不自然ナ追記(終)

「かかか影丘さん!大変です、大変なんです!」

「何だよ日森、今日は鷲子の見舞いに行くから遅くなるって連絡入れてあっただろうが」

「病院にいるってことは近くですよね!だったら今すぐ図書館来てください!入り口で待ってますから!」

いつになく落ち着きがない様子の日森から呼び出しの電話が掛かって来たのは夜咫神社での一件から数日後――失踪していた鷲子が警察に無事保護されてから三日が過ぎた頃のことだった。

「またぞろ変な本を見つけた……ってワケじゃなさそうだな」

あまり認めたくはないがそれぐらいなら日常茶飯事の範疇であり、日森の声に緊迫感があったことを鑑みるに今回はその範疇を超える事態とみるべきだろう。

「とりあえず行ってみるか」

病院から図書館までは歩いて数分、散歩感覚で行ける距離にかける労力を惜しむ理由はない。

さっさと行って話を聞いてやろう。


「あっ、影丘さん!」

図書館へ着くと入り口に立っていた日森が駆け寄ってきた。

「今度はどんな曰く付きを見つけてきたんだ?」

「曰く付きだったら、マシな方ですよ」

「な……っ」

神妙な面持ちで日森が差し出したもの、それはあの無愛想な子どもが持っていた本だった。

「お前これ、どこで……」

「民俗学のコーナーにしれっと混じってたんですよ、そこにあるのが当然みたいな感じで」

「……内容は?あの森で読んだのと同じだったか?」

「違いがあるとすれば一つだけ。――結末が、書き足されています」

その一言は日森の手からすぐさま本を奪い取って内容の確認を促すには充分すぎるものだった。

「っ……これか」

白紙だった頁に書き足された内容。

あいつが作れと言った、鴉が魚に食い殺された後の描写。


それから暫く経ったある日、森に一人の男がやってきました。

転た寝から起きたばかりでお腹がすいていた魚はその男をひと飲みにしようと近づきますが、男と共にいた鴉の群れに襲われてしまいます。

「痛イ、痛イ、痛イ」

魚は何度も叫びますが鴉たちの攻撃は魚が息絶えるまで続きました。

鴉たちは男に礼を言います。

「ありがとう、お陰で仇討ちが出来ました」

男はかつて魚に食い殺された鴉とその鴉が逃がした男との間に生まれた赤子の血を引くものであり、鴉たちが仲間の仇を取るために森へ招いた人物でした。

「後のことは私たちに任せて、あなたはこれを持ってお帰りください」

そう言って鴉の一羽が男に灯籠を渡し、森の外へ送り返しました。


魚という脅威が無くなった森は鴉たちが穏やかに暮らす場所になりました。

めでたし、めでたし。


「――都合良いように書きやがって」

大凡の流れは合っているが細部は実際の体験と異なった内容になっている。

まぁ物語としての整合性を優先するために多少の改変や脚色を加えるのはよくあることだが――

「……この本、どうします?」

「どうもこうも、元あったところに戻すしかねぇだろ。どんなに出所が怪しいものでも、これがここの図書館に所蔵されてる本の一冊であることには変わりねぇんだからな」

「それはまぁ、そうなんですけど……」

「大体この手の厄介ごとは俺らみたいな素人が無闇にちょっかい出すより専門家に丸投げした方が正解なんだよ」

「専門家……ってもしかしてあれですか?警察の――」

「それ以上は口出し厳禁だ」

「っとと、そうでしたね」

あれについては無闇に話すべきじゃない。

まぁそれはそうと――

「ところでお前、記事は書き上がったのか?」

「いやぁ一応書き終わりはしたんですけど……これで良いか心配なんで添削してもらっても良いですか?」

「……分かった、見せてみろ」

「いつもありがとうございます!」

「後で珈琲一杯奢れよ?」

「いやいや、ケーキセット代ぐらいまでなら出しますって」

毎度のことながら妙な気遣いを見せるな、と思いつつ日森が差し出した原稿の束を受け取る。

さてどんな記事にしたのか――

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鏡怪談 肆:鏡隠しノ話 等星シリス @nadohosi

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