七 捕食

「……ほ、本当、なんですか?」

「正確にはうちの母方……夜深月の血筋が、だけどな」

まさか昔伯父さんに聞かされた話の補足をこんな形で知ることになるとは思いもしなかった。

「ある日突然いなくなって、数年後に赤子を抱えて帰ってきた男がいた。赤子の母親について男が語ったのはただ一つ、命の恩人であることだけ」

「それってまんまさっきの……」

「ああ、そういうことだ」

「じゃあ影丘さんが鏡隠しに遭ったのはさっきの話に出てきた魚が……」

「ハズレだ」

「えっ?」

「――お前だろ、俺をあの社に放り込んだのは」

「気づいてたんだ」

「そりゃあんな露骨なことを言われたらな」

よっぽど察しの悪い奴でもない限り、ああ言われたら嫌でも気づく。

「最初は鷹也を連れてくるつもりだったんだろうが、俺が邪魔したから予定を変えたってとこだろ?」

「そうね、あの子をつれてこられていたらもっと早く――」

「物心ついて間もないガキを巻き込むな」

結果論ではあるが、下手すりゃトラウマになりかねないことを俺が引き受ける形になって良かった。

「――で?具体的には何をすれば良いんだ?」

「今はここにいて」

「……今は、か」

つまりその時が来るまでは大人しくしていろ、ということか。

「か、影丘さん……」

「……どうした日森、子守りならお前一人で――」

「何か、迫ってきてませんか……?」

「迫って……?」

言われてみれば、何か這いずるような音が近づいて――

「見ィツケタアアアァァァ」

「うぎゃああああああああああああああああああ!」

木々の向こうから巨大な影――さっきの話に出てきた魚が現れるのと同時に日森が絶叫する。

文字通り人を食う奴だからそれなりに大きいとは思っていたが、この巨大さは予想の範疇を遙かに超えている。

「お、おい!お前こんな化け物を俺に倒させる気だったのか!?」

「あれをたおす?あなたが?」

何を馬鹿なことを言ってるんだと呆れているような表情を見せながら愛想の悪い子どもは首を傾げる。

「それはわたしたちがすること」

愛想の悪い子どもが放った言葉に呼応するかのように無数の鴉が茂みの中から現れ、魚に睨みをきかせる。

「ど、どこからこんなに……」

「何人か仲間を呼びに行ってたんだろうよ。ここに来るまでの間に少し数が減ってたしな」

「……あ、そう言われてみれば確かに……」

より細かく言えばここにいるガキどもは怪異が化けてる奴らだけで、幽霊はいつの間にかいなくなっている。

尤も日森には幽霊と怪異の見分けなんぞつかないだろうが。

「アア忌々シイ、マタ鴉ガ食事ノ邪魔ヲシニ来ルナンテ」

「しょ、食事ってもしかしなくても俺たちのこと……ですよね?」

「お前は多分オマケだ」

「それはそれで扱いが酷くないですか!?」

「何ヨリモ忌々シイノハアノ男ト鴉ノ匂イガスルオ前ダ」

「……ほらな」

やっぱりこいつの狙いは俺だ。

「ソノ手ヲ、足ヲ、首ヲ、一ツ一ツ食イ千切ッテ腹ノ足シニスレバコノ苛立チモ少シハ紛レルダロウナ」

「っ……勝手なことを――」

「言わせておけば良い、もう言えなくなるんだから」

「あ?」

「えっ?」

「何ヲ――」

魚が言葉を発するよりも先に愛想の悪い子どもがその姿を鴉に変えて飛び立ち、それと同時に鴉の群れが魚に向かって一斉に飛びかかっていく。

「何羽来ヨウト――」

余裕で倒すことが出来る、魚はそう思ったのだろう。

だがいくら巨大といっても魚は一匹だけ。

それに対して大きさでは劣る――といっても大の大人を足で掴むなり背に乗せるなりしても悠々と飛べそうなサイズの鴉が持つ優位性は数の多さ。

その違いを甘く見たらどうなるか、答えは至極単純明快。

「イ、痛イ!痛イ痛イ痛イ!痛――」

何十羽もの鴉に目や腹を抉られ、その痛みに耐えかねて上げた魚のわめき声は喉を食い千切られたことで唐突に途絶える。

「っ――」

ものの数分の出来事だった。

ついさっきまで恐怖を振りまいていた存在が、どう対処すれば分からなかった人食い巨大魚が今や血溜まりの上に置かれた肉の塊と成り果てている。

「ねーねー、ぜんぶ食べなきゃダメー?」

「ダメ、欠片ひとつ残さないで」

「ちぇー」

狩猟を終えて食事を楽しむ風景、と思えば多少は和やかなものと思えるのだろうか。

――いや無理だ、血生臭いにも程がある。

「こ、これで鏡隠しはもう起きなく……」

「ならねぇよ、原因が一つ減っただけだ」

引き起こす側がいる限り鏡隠しは無くならない。

人の手で出来るのは頻度を低くすることぐらいだろう。

恐らくは、だが。

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