六 昔話
「あっ、影丘さーん!」
「日森?お前どうしてこんな所に……」
「どうしても何も影丘さんがいきなりいなくなったから探してたんですよ!」
「あ、ああ、そういうことか……」
「何ですかその歯切れの悪い反応……しかも子連れ」
「お前の真面目なテンションは数分と保たねぇのか」
珍しく格好がついていると茶化すつもりだったのにこれじゃいつもと変わらない。
「……とりあえずさっさとここを離れるぞ」
「ならこっちに来て」
「こっちこっち!」
「またかお前ら!」
「うわわっちょ、押さないで君たち!」
今度はどこに連れて行くつもりだ。
森の外ではなさそうだが――
「ここなら大丈夫だよね?」
「そうね、すぐには見つからないはずよ」
またひそひそと話し込んでいるガキどもに誘導された先は少し開けた空間。
キャンプをするのに丁度良さそうな広さだが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「こんな所に連れてきて、どうするつもりだ?」
「――これを読んで」
そう言って愛想の悪い子どもはさっきまで熱心に読んでいた本を差し出す。
「かくれんぼの次は読み聞かせをご所望ってか?」
「でもその本、絵本じゃなさそうですよ」
「……みたいだな」
こんなの読み聞かせてガキどもは楽しいのだろうか、と思いはしたがそれを決めるのは読み手の俺じゃない。
「……まだ?」
「分かった分かった、始めるぞ。昔々――」
昔々、ある川に一匹の魚が住んでいました。
その魚は人間の子どもが大好物でお腹がすくと川の水を溢れさせて洪水を起こし、巻き込まれた子どもをひと飲みにすることを繰り返していました。
「このままでは子どもがいなくなってしまう」
危機感を覚えた人間の大人たちは石の壁を作って川の水が溢れないようにしました。
石の壁はとても頑丈で、魚がどれだけ暴れても壊すことが出来ませんでした。
「オ腹ガスイタ、オ腹ガスイタ」
魚は泣き喚きますが誰も聞いてはくれません。
暫くすると魚は泣いていても仕方がないと悟ったのか、今までとは違う方法でお腹を満たすことにしました。
その方法とは人間に化けて川の近くにある森で遊んでいる人間の子どもをこっそり連れ去ってきてひと飲みにする、というものでした。
しかしその方法がうまくいったのは最初の数回だけで、子どもたちが森で遊ばないようになってからはまた空腹に苛まれる日々が続きました。
「食ベタイ、人間ノ肉ヲ、血ヲ、骨ヲ」
形振り構っていられなくなった魚は森の見回りをしていた男を運良く捕まえることに成功します。
しかし魚がその男をひと飲みにしようとしたところで一頭の鴉が現れ、男を奪い取ってしまいます。
「返セ、返セ」
魚は叫びますが鴉は耳を貸すことなくあっという間に飛び去ってしまいました。
「もう大丈夫」
住処にしているお社に着くと、鴉は魚から奪い取った男をそっと下ろします。
「助けてくれたのか?」
男がそう訊ねると鴉は頷きます。
「ありがとう、お礼に何か出来ないだろうか」
「でしたら私と番になってくださいな」
鴉の申し出に男はとても驚きました。
「最初からそのつもりで助けたのか」
「はい、一目見た時からあなたと番う機会を窺っていました」
鴉の言葉に男は困惑しますが、助けてもらった恩を返すために鴉の番になることを受け入れました。
「ヤット見ツケタ」
魚がお社に辿り着いたのは男と鴉が番となってから暫く経った後、二人の間に生まれた赤子が乳離れをした頃でした。
飢えて凶暴になった魚が大きく口を開けて襲いかかるよりも先に鴉は男と赤子を抱えてお社を飛び立ちます。
その鴉の後を魚はしつこくしつこく追い回します。
「このままでは埒が明かない」
決意を固めた鴉は森の外へ通じる道の傍に男と赤子を下ろしました。
「ここから先はあなたたちだけで行ってください」
「君は一緒に来ないのか?」
「共に行くことは出来ません」
「後から来てくれるのか?」
「あれを退治することが出来たならば、必ず」
男は鴉の言葉を信じて赤子と共に森の外へ向かいました。
男と赤子が森を出て人里に着いた頃、鴉と魚の戦いは魚の勝利で決着がつきました。
「マズハオ前ダ」
魚は鴉をひと飲みにはせず、少しずつ肉を千切りながらゆっくり食い殺しました。
満足とまではいきませんでしたがそれなりに腹が膨れた魚はお社に戻り、その近くに川を作って新しい住処にしました。
「…………つ、続きは?続きはないんですか影丘さん!」
「ねぇよ、この本に書いてあるのはここまでだ」
頁は残っているがどれも白紙。
どう見ても途中で書くのを止めたとしか――
「ここから先は、あなたが作るの」
「は?」
このガキ、何を言って――
「そのためにつれてきた」
「っ……そういうことかよ」
「え?え?どういうことなんですか影丘さん?」
「お前がまず理解すべきなのは俺がこの話に出てきた男の子孫だってことだ」
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