二 鏡隠しノ再演

「――さん、影丘かげおかさん、起きてください影丘さん!」

「……ん、あ?どうした日森ひのもり

「どうした、じゃないですよ。着いたら起こしてくれって言ったのは影丘さんでしょ?」

「……ああ、そうだったか」

そういえば出発前にそんなことを言った気がする。

「何か珍しいですね、影丘さんが移動中にがっつり寝るなんて」

「あー……その、何だ。ここんところロクに寝てなかったからな」

「寝不足の原因は鷲子ちゃんの失踪、ですよね」

「……ああ」

やたら目ざといのは曲がりなりにもジャーナリストだから、だろうか。

「もう十日も音沙汰が無いんでしたっけ」

「四鏡村の方へフィールドワークに出かけたきりな」

「し、四鏡村って確かヤバい噂が多い心霊スポットじゃないですか!何でそんなとこに……」

「論文の資料集めだとさ」

「えぇー……一声かけてくれれば色々貸せたのに……」

「お前なぁ、オカルト雑誌を論文の資料に使う奴がいると思うか?」

「ど、どこぞの百科事典サイトよりはマシですよ!」

「さぁて、どうだかなぁ」

信憑性に欠ける情報を載せている点についてはどっちも大差ないだろうに、とは言わないでおこう。

「……あの、影丘さん」

「ん?」

「もしかして鷲子ちゃん、鏡隠しに――」

「んなワケあってたまるか」

「っ……で、ですよねーあはは……」

気まずそうに笑いながら日森はそそくさと車から降りていく。

「……鷲子は森で迷子になっているだけだ」

きっとすぐに警察が見つけてくれる。

今はそう信じて待つしかない。

「――さて、仕事仕事っと」

気持ちを切り替えて仕事に励もうと思ったが、車を降りた直後に見たもの――初夏の木漏れ日が差し込む榊の並木道とその奥に佇む拝殿のせいで急速にやる気が削がれていった。

――そうだった、今日はここで目撃された心霊現象の取材をしに来たんだった。

「そういえばここって今ぐらいの時期にお祭りやるんですよね。影丘さんは行ったことありますか?」

「鷲子と鷹也が小さい頃に連れて行ったことならある」

「へぇー……」

「……何だよ、その気持ち悪い顔は」

「気持ち悪いって酷い!影丘さんって結構面倒見が良いんだなーって思っただけなのに!」

「うっせぇ」

「ぶぇっ!」

喚く子どもを大人しくさせるために額を指で弾く、という行為を一応大人であるこいつにやるのはこれで何度だったか。

「無駄口叩いてる暇あったらそこの巫女さんに話でも聞いてこい」

「影丘さんほんとひどーい、率直な感想を言っただけじゃないですかー……」

ぶつぶつ文句を言いながら社務所へ向かう日森を適当に見送り、踵を返す。

いい加減自分が担当する仕事である日森が書く記事に添える写真の撮影に取りかからなければ。

「……昔と大して変わってねぇな」

あの夏祭りで見た風景と今しがた撮影した写真の風景。

目にした時間帯が昼か夜かの違い以外は特に何も――

「……ん?」

写真をよく見ると並木道の隅に子どもの人影らしきものが写り込んでいる。

背格好を見るに今さっき来た参拝客じゃあなさそうだ。

「大方昔この辺りで多発してた洪水に巻き込まれて死んだ子どもの幽霊……ってとこか」

こいつが心霊現象の正体だとしたら随分平和なものだ。

鷹也を連れ去ろうとした奴に比べたら全然――

「見ツケタ」

何だ、今のゾッとする声は。

どこから聞こえて――

「今度ハ逃ガサナイ」

全身がぞわぞわする。

叫びたいのに声が全く出ない。

「っ……!」

止めろ、離せ。

何で、お前なんかに――


「うーん、中々興味深い話が聞けたなー……って、あれ?」

おかしいな、さっきまでこの辺にいたはずなのに。

「もしかして車に戻って……いや、それは無いな。鍵持ってるの俺だし」

多分どこか別の所に移動して写真を撮っているのだろう。

「んー……一応探すかー、ちょっと相談したいこともあるし」

さてそうなるとどこから探すべきなのだろう。

やっぱり写真映えがするポイントとかかな。

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