第3話
そこまで思い出して溜息をつく。結局あのあと抱かれ、中だしされたのだ。
幸いにも中だしされたのはこの時だけで、あとはスキンをして抱かれていた。そのおかげもあってか、妊娠することはなかった。
愛撫とは何かを教えられ、どうされると気持ちいいか言わされ、彼にいいように翻弄されて彼に初めてを捧げたのだから。そしてその日からうちに泊まりこみ、生理中以外は私を週に三回は抱き、その腕に閉じ込めるように抱いて眠っていた。
私を求めているかどうかがわからなかったけれど、それでも抱いてくれたことが嬉しかったし、苦しくもあった。
『ん……風香……』
『……っ』
何かの夢を見ていたんだろう……ある日、彼が寝言で姉の名前を出した。そして私を腕に閉じ込めるように、ギュッと抱きしめてくる。
まだ好きなのかとつらかった。
やっぱり姉の身代わりなのかと、泣きもした。
体型や性格はともかく、顔だけはそっくりだったから。
そんな、ずるい彼が好きな自分が嫌いだった。さっさとこの家から出ていって、私を一人にしてほしかった。
それすらもままならなくて溜息の数が増えはじめたある日、彼が『お金を貸して』と言い出す。彼と一緒に生活するようになって、二ヶ月たったころだったと思う。
『……何に使うの?』
『俺の日用品とか、その他もろもろ』
『……いくら貸してほしいの?』
『十万』
『……っ』
その金額の多さに息を呑む。その日は給料日で、光熱費などを払うために言われた金額以上の額を持っていた。
貯金もあったし、貸しても大丈夫なのもあった。
だからつい貸してしまった。
それがいけなかったんだろう……彼は給料日になると私にお金を無心して来た。私の前から消えるまで、都合四回。
『ありがと。涼香』
そう言って私にキスをすると、私を抱いた。でも、嬉しくはなかった。
そんな生活を続けていたある日、会社の移転が決まった。移転先は群馬県で、住むところなどは会社の寮にもなっているアパートやマンションを斡旋してくれるという。
正直、行くかどうか迷った。彼がいつまでここにいるかわからなかったし、お金を貸すことを苦痛に感じてきていたからだ。
返してくれるかどうかもわからなかったというのもある。
『返事はまだ先でいいが、一度系列会社の経理事務を手伝ってきてくれないかな』
移転が発表された二日後、私を含めた四人にそんな話をされた。四人とも独身で、男女二人ずつの人員だ。
独身であるが故に辞めるかもしれないし、一緒に行ってくれるかもしれない。その場所を見てから決めてくれということなんだろう。
結婚している人も移転先に移動するか辞めるか決めるように言われていて、中には早々に別の就職先を決めて辞めた人もいる。
出張という形で言い渡された期間は三日。翌週の水曜日からで、帰宅後は日曜まで休みでいいとのことだったので、四人で頷いた。滞在中はホテルに泊まるそうでその部屋も手配してくれたし、費用も会社持ちだというのもあった。
(行くだけ行ってから、どうするか決めよう……)
帰りの電車の中でそう決め、帰宅後に出張に行くことになったと彼に伝えたら、『ふうん……そっか』としか言われなかった。
(潮時だと思われたんだろうか)
確かにもう潮時なのかもしれない。
こんな生活をずっと続けてなんていられないし、最近の彼は長い髪はそのままだったけれど無精髭は綺麗に剃り落とし、どこかに出かけたりしてそわそわしていたから、姉ではない別の好きな人ができたんだと思ったくらいだ。
『帰ってくるのは金曜の夜か?』
『そうです』
『わかった』
そんな会話のあと、その日から出張に行く前日まで、いつも以上に激しく抱かれたのだ。
そして出張から帰って来たら、彼はいなかった。渡してあった合鍵はドアポストに投函されていて、室内にあった彼の服やパソコンなど、彼が使っていたものが綺麗になくなっていた――手紙すらも残さずに。
連絡先すら交換していなかったのだから、相当間抜けだとしか言いようがない。
お金は返ってこないだろうと思っていたけれど、『やっぱり』としか思わなかった。
彼がどこに行ったのかわからないし、父や姉、彼の母親に聞く勇気もなく。
仕事のこと、彼のことで悩みつつも、結局、会社は辞めることにした。
確かにいいところではあったけれど、どうにも馴染めない空気が存在していたことと、出張から帰って来てから体調がよくなかったことも原因だ。かなり暑い日だったから、疲れたせいかもしれない。
高熱だったし風邪やインフルエンザだとまずいのですぐに病院に行くと、肺炎だと言われてしまって即入院を余儀なくされた。会社に電話したり親に連絡したりしているうちに拗らせたらしく、入院が伸びた。
最悪だったのは、私が入院したあたりに結核の院内感染があったらしく、弱っていた私は見事に感染してしまったらしい。退院する前に変な咳が出て先生に診察してもらったら、結核だと診断されたのだ。
ただ、本当に院内感染なのか、他からもらって来たのかがわからないとのことだった。
まだ個室にいるときで大部屋じゃなかったことがよかったらしく、他の入院患者にうつすことがなかったのは救いか。肺炎だったし、また拗らせると困るからと、ずっとマスクをしていたこともよかったと先生に言われた。
すぐに結核病棟に移されてお薬を飲み始めたものの、肺炎や喘息のこともあって一時期危なかったと父に聞いた。それを聞いた時、よく生き残ったなぁ、とベッドの上でそう思った。
結局入院期間は二ヶ月でようやく陰性となり、退院した。そのせいというかおかげというか、体重が見事に減った。
ついでに胸も小さくなったから、大半が脂肪だったんだろう。まあ、病的な痩せ方だから不健康だし、なんとか治療が終わった今でもガリガリに痩せたままだ。
……胸まで姉に負けたのはちょっとだけショックだったけどね。
太ってるよりはいいかと溜息をつき、ぶかぶかな服を着ているわけにはいかないので、姉に採寸してもらってからネットで二、三着だけ服や下着類を買い、残りは外で買おうと外出した先で、先ほどの光景を見てしまったのだ。
買い物をする気にもなれなかったけれど、買わないとどうしようもない。特に下着は大問題だったから、下着とTシャツなどの服を買うために休憩していた喫茶店を出た。
その時に彼とその女性の横を通ったけれど、私だとわからなかったみたいで彼は何の反応も示さず、私を見ることもなかった。
まあ、喘息持ちとしては危険な季節でもあったし、季節柄もあってマスクをしていたせいもあるかもしれない。
以前よく行っていた有名な下着専門店に行って新たにサイズを測ってもらい、そのサイズの下着を複数組購入。そしてその隣にあった洋服屋さんで安いTシャツやズボン、スカートやキャミソールなどを購入し、それを持って店を出る。
「買いすぎたかも……」
必要なものだし、自宅も近いからいいかとそれを持って歩き出したところで、腕を掴まれる。誰かと思ってその方向を見たら、彼だった。
「涼香……」
「人違いです」
彼とは会いたくなかった。もうつらい思いなどしたくなかった。
だから否定したのに、彼はまったく離してくれなかった。
「どんなに痩せたって、俺は誰なのかわかる。だから否定しないでくれ。それに話があるんだ」
珍しく苦しげな面持ちで私を見てそんなことを言った彼に、否定するだけ無駄なんだと悟る。
「……ここではなんですから、喫茶店かどこかに……」
「……」
喫茶店で話したかったけれど、彼はそこでも話せない内容のようで、黙って横に首を振った。それに溜息をつくと、仕方なく自宅に招待することにする。
といっても今は実家暮らしなので、ここからそう遠くはない。
「今は実家にいるのでそこでになりますけれど……いいですか?」
「ああ」
ようやく頷いた彼にまた内心溜息をつくと、一緒に歩き出す。拒否したのに荷物を持ってくれたから、逃げられなかったともいう。
……荷物が多かったから助かったけれど。
無言で歩くこと二十分、家に着く。彼の実家は私が入院中におじさんの転勤で引っ越していったから、隣にはもういない。
鍵を開け、「どうぞ」と彼を促すとリビングに連れて行く。どこか懐かしそうに見回す彼を無視して、お茶とカステラを出した。
荷物を置いてきたいからと荷物を持って自室に戻り、箪笥の前に置いてからリビングへと戻る。
「それで、話ってなんですか?」
「……俺との見合いについて、何か聞いているか?」
「誰とのお見合いですか?」
「涼香と」
そんな話は初耳だったから驚いて首を横に振ると。彼は驚いた顔をした。
どうしてそんな顔をするのだろう。
「いったい、いつ頃の話ですか?」
「涼香の家に転がり込む前の話。お袋からおばさんにそう話したって聞いていたんだが」
「聞いていません。それにそのころ、うちの両親は離婚しています」
「え……」
私の言葉に彼が驚く。どうして今ごろになってそんな話をしてくるのだろう。
それがわからない。
「……説明してくれないか」
そう聞いてきた彼に頷くと、当時のことを思い出しながら説明を始めた。
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