第44話・楽しい時間の終わり

 だいぶお客さんの姿も見えなくなった学内を歩き、やって来た不思議研究会の部室で椅子に座って窓の外を見ていると、部室の扉がコンコンと軽い音で叩かれた。


「はーい、どうぞー」


 そう言いながら窓の外へ向けていた視線を出入口の方へ向けると、ガラッと音を立てて開いた扉の先から、さっきとは違ったウエイトレス衣装を着た赤井さんとシエラちゃんが入って来て、その手に持っていた小さな箱とティーセットとポットを机の上に置いた。


「あれっ? さっきまで着てた衣装と違うね」

「そうなんですよ! 実は今日の為に私が用意してたんですけど、忙しくて着替える暇がなかったんです。だからここでお披露目しておこうと思って♪」

「なるほど、それでついでにシエラちゃんも巻き込んだわけか」

「巻き込んだなんて人聞きが悪いですよ~、私はただ、シエラちゃんの可愛らしい姿を見たかっただけですから♪ それに先生も嬉しいでしょ? 可愛い衣装を着たシエラちゃんの姿が見れて。ほら、シエラちゃんももっと前に出て先生に見せてあげなきゃ♪」

「う、うん……」


 赤井さんはそう言うと、シエラちゃんの後ろに回って両手でその背中を優しく推した。するとシエラちゃんは恥ずかしそうにしながら俺の前へとやって来た。


「……似合ってるかな?」


 先ほどまで着ていた服とは違い、なぜかミニスカートに変わっているウエイトレス衣装。そしてその短いスカート丈から出ているシエラちゃんのニーソックスを履いている足が妙に艶めかしく、俺はなんとなく気恥ずかしくなってしまった。


「う、うん、凄く似合ってて可愛いよ」

「良かった……それじゃあ先生にコーヒーを淹れるね」


 にっこりと嬉しそうに微笑むと、シエラちゃんは机の上に置いていたポットとティーカップを手に持ってその中身を注ぎ入れ始め、赤井さんは小さな箱の中からお皿に入ったケーキを取り出した。

 家では俺がコーヒーを淹れたりしているから、こんなシエラちゃんの姿を見るのはとても新鮮で良かった。


「お待たせしました、どうぞ先生」


 コーヒーを注いだティーカップをティーソーサーに乗せると、シエラちゃんはそれを俺の目に前にある机の上に置き、赤井さんが用意してくれたケーキをその横に添える様に置いてくれた。


「ありがとう、シエラちゃん、赤井さん」

「そのケーキは特別な物ですから、じっくり味わって食べて下さいね?」


 赤井さんにそう言われてまじまじとケーキを見たが、特別なデコレーションがされているわけでもなく、見た目的には至って普通のショートケーキにしか見えない。しかし赤井さんがそう言っていた以上、本当に特別な何かがあるのは間違いないだろう。


「それじゃあまずコーヒーをいただこうかな」


 少し怖い気持ちがあった俺は、ヘタレにもコーヒーから口をつける事にした。


「――うん、美味しいよシエラちゃん」

「早矢香に淹れ方を教わったの」

「そうだったんだ、上手に淹れられてると思うよ」

「良かったね、シエラちゃん♪」

「うん、ありがとう早矢香」

「うんうん、それではいよいよ本日のメインイベントに行きましょうか!」

「メインイベント? 何それ?」

「そんなの決まってるじゃないですか、そのケーキを食べる事ですよ」

「それがメインイベントなのか?」

「はい♪」


 赤井さんのニカッとした笑顔を見ていると不安になってくるけど、せっかく持って来てくれたケーキを食べないというのはどうかと思う。しかしながら、これがビックリ系の食べ物ではないと言い切れないところが怖いのも事実だ。


「……」

「ほら先生、早く食べて下さいよ♪」

「分かったよ」


 ちょっと――いや、かなりの不安はあるが、俺は目の前にある小さなフォークを手に取ってケーキを食べた。


「どうですか? 先生」


 色々と覚悟をしてケーキを口にしたわけだが、食べたケーキの味は至って普通で、特におかしな部分も特別な感じもなかった。


「うん、美味しいよ」

「美味しいんだって! 良かったね、シエラちゃん♪」

「うん」

「良かったねって、もしかしてコレ、シエラちゃんが作ったの?」

「うん、これも早矢香に教えてもらいながら作ったの」

「そうか、それでこのケーキが特別だって言ったのか」

「そうですよー、シエラちゃんてば手作りのケーキを先生に食べさせたいって言って、一生懸命作ったんですから」

「さ、早矢香、それは言わないでって言ったでしょ」

「あっ、そうだった。ごめんねシエラちゃん、シエラちゃんが頑張ってたのを教えたくてつい」

「もう……」


 シエラちゃんが拗ねた様な表情を見せると、赤井さんはいつもの様にシエラちゃんを抱き包んで頭を撫で撫でし始めた。


「シエラちゃん、ケーキありがとね。とっても美味しいよ」

「うん、それならまた作るね」

「本当? 楽しみだな」

「あー、今は私がシエラちゃんを可愛がってるんですから、先生は割り込まないでくれますか~?」

「ああ、悪い悪い」

「ふふっ、まあそれはそれとして、私にはもう一つ目的があるのですよ」

「目的?」

「はい、せっかくなんで私とシエラちゃんのツーショット写真を撮ってもらいたかったんですよ」


 そう言うと赤井さんは衣装のポケットからデジカメを取り出した。


「なるほど、それじゃあ撮ってあげるから好きな所に立って」

「はーい♪ シエラちゃん、せっかくだから展示品を前に写ろうよ」

「うん」


 そう言うと赤井さんはシエラちゃんの手を取って展示品の前に並び、シエラちゃんの肩を抱き寄せながらもう片方の手でピースをした。


 ――まるでシエラちゃんの彼氏みたいだな。


 臆する事なくそんな事が出来る赤井さんを羨ましく思いつつ、俺はデジカメのシャッターボタンに指を乗せた。


「いくよー、ハイチーズ!」

「先生、あともう何枚か撮って下さい」

「いいよ」


 こうして何枚か写真を撮ったあと、俺は再びケーキとコーヒーに手を付けようと思って席に座ろうとしたが、それは赤井さんによって止められ、今度は俺とシエラちゃんが写真に写る事になった。


「二人揃って表情が硬いよー? もっとリラックスしてー」

「そ、そんなに表情硬いか?」

「それはもうお地蔵さんみたいに固まってますよ、そんなんじゃ黒歴史としてこの写真が残っちゃいますよ?」


 そんな事になるのは嫌だなとは思うが、リラックスしろと言われてすぐに表情が柔らかくなるなら苦労はしない。


「こ、こんなんでどうだ?」

「まあ、さっきよりはマシですかね。それじゃあ撮りますよ? ハイチーズ! それじゃあこの写真はプリントアウトしてあとで渡しますから、楽しみにしてて下さいね♪」

「う、うん、ありがとう」


 こうしてシエラちゃんと過ごす初めての文化祭は終わり、後日、赤井さんからプリントアウトされた俺とシエラちゃんの緊張に満ちた表情のツーショット写真が手渡された。

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