第41話・最強のメイド

 文化祭が始まる前に赤井さんの協力を得られる様にしたのは正解だったと思う。なぜなら普段とは違い、文化祭の時は生徒以外にも不特定多数の人達が沢山訪れるから、それ伴ってシエラちゃんが悪魔であるとバレてしまう可能性が上がるからだ。


「それじゃあ赤井さん、シエラちゃんの事は頼んだよ?」

「任せて下さい! 私がバッチリとシエラちゃんを守りますから!」

「それじゃあシエラちゃん、大変だとは思うけど頑張ってね?」

「うん、頑張る」


 俺は後ろ髪を引かれる思いで教室をあとにし、職員室へと戻った。


「それでは見回りの先生方、大変だとは思いますが、よろしくお願いします」

「「「「はい」」」」


 俺は今回、文化祭開催中の見回り役を担当する事になっている。こんなお祭りでは生徒やお客さんを含めて問題を起こす者が居るから、俺達教師がしっかりと見回りをしなければいけないのだ。


「さてと、俺も頑張りますか」


 シエラちゃんに『頑張ってね』と言った以上、俺もしっかりと仕事をこなさなければいけない。俺は両の拳をぎゅっと握り締め、沢山のお客さんが入り始めた学校内を巡り始めた。


「――今年は特に人が多いな……」


 まだ巡回を始めたばっかりだというのに、学内は既に沢山の人で賑わいを見せていた。各クラスの催し物の内容によって客層の違いはあるが、小さな子からご老人まで、本当に沢山の人が訪れている。


 ――こういうのを見ると、いつも懐かしくなるよな。


 遠い昔の事とはいえ、俺もかつてはこんな事をしていた一人だから、楽しそうに催し物をやっている生徒達の姿を見ているとちょっと羨ましくなる。過ぎ去った昔の事を思い出せば、あの時こうしていれば――なんて思う事は誰にでもあるだろう。未練と言うには些細な事かもしれないけど、目の前で輝く青春を送る生徒達を見ていると、ついそんな事を思ってしまう。


 ――ちょっとシエラちゃんの様子でも見に行ってみるか。


 俺は人間界で頑張っているシエラちゃんが文化祭をどんな風に過ごしているか気になり、少し足早に喫茶店をやっている自分の担当クラスへと向かった。

 そして辿り着いた教室前の窓から室内を見ると、シエラちゃんはシルフィーナさんが作ってくれた黒と白の可愛らしいウエイトレス衣装を着て一生懸命に頑張っていた。


「頑張ってるみたいだな」


 慣れない手つきで接客をしているシエラちゃんを見ていると、思わず顔が緩んでしまう。それにしても、シルフィーナさんが作った衣装は本当によく似合っている、できればこのまま仕事の事を忘れてずっと見ていたいくらいだ。

 そんな事を思って少しの間シエラちゃんの姿を見ていたが、このまま仕事を放り出すわけにもいかないので、俺は名残惜しくもその場を離れようとした。しかしそう思った瞬間、シエラちゃんが注文を聞きに行ったテーブルに居るチャラそうな男性客に向けてとても渋い表情を浮かべているのが見え、俺は急いで教室の後ろ側から室内へ入った。


「ええ!? どうして俺と遊べないの?」

「私はここの仕事をしないといけないから」

「だったら仕事が終わった後でいいからさ、ね? 俺と遊ぼうよ、俺さ、君みたいな子が超好みなんだ」

「私はあなたが好きじゃないから一緒には遊ばない」

「ええー、手厳しいなあ。でもそんなところもグッとくるね、俺、マジになっちゃいそうだよ」


 そう言うと男はスッと立ち上がり、シエラちゃんの手を握った。


「放して」

「放してもいいけど、仕事が終わったら一緒に遊んでくれる?」

「私は嫌だって言った」

「そんな冷たい事言わないでよ」

「あっ」


 男はそう言うと嫌がるシエラちゃんの手を引っ張り、強引に自分の方へと引き寄せた。そしてその光景を見た俺は、すぐにその場に走り寄ってシエラちゃんの手を掴んでいる男を引き離した。


「何すんだよ!」

「すみませんが、この子に変な事をしないでもらえませんか?」

「はあっ? アンタ誰?」

「自分はこの学校の先生で、この子の担任です」

「何だ先生かよ、俺は単に遊ぼうって誘ってただけだぜ? それの何が悪いわけ?」

「その誘いについてこの子は『嫌です』と、ハッキリ断っていましたよね?」

「誘って断れるなんて当たり前にある事だろ? それでも強気で攻めるのが男ってもんじゃない? ねぇ、先生」


 いかにも世間を舐めていると言った感じの口調で話す男だが、ここで大人げなく声を荒げるわけにはいかない。


「あなたの主張は大事にしてもらって構いません。でも、学内で生徒達にこういった事をされるのは困ります」

「あーあー、嫌だねえ、先生ってのはどいつもこいつもお堅くてさ」

「申し訳ないですが、こちらの言い分をお聞き入れできない場合は、学内への立ち入りを禁止する事になります」

「はあっ!? 何だよそれ? 先生だからってちょっと横暴なんじゃねえの?」


 そう言うと男は俺の胸ぐらを掴み、目を細めて俺を威嚇し始めた。


「先生……」

「大丈夫だよ、シエラちゃんは俺が守るから」

「なーにカッコつけてんだコラッ!!」


 そう言って胸ぐらを掴んでいた男が俺に殴りかかろうとした瞬間、急に男の姿が目の前から消え、次の瞬間には床に背中を打ち付けた状態で倒れていた。


「シエラ様に狼藉ろうぜきを働くなんて、万死に値しますよ。このゴミ屑」

「シ、シルフィーナさん!?」

「シエラ様、大丈夫でしたか?」

「うん、大丈夫、ありがとうシルフィー」

「とんでもございません、シエラ様をお守りするのもわたくしの勤めでございますから。早乙女様も大丈夫でしたか?」

「は、はい、大丈夫です」

「良かったです。それではこの狼藉者はいかがなさいますか? 私としてはシエラ様に狼藉を働いたのですから、八つ裂きにしても余りあるくらいなのですが……」


 そう言うとシルフィーナさんは倒れている男に向けて凄まじく鋭い視線を向けた。


「気持ちは分かりますけど、それは無しの方向でお願いします」

「分かりました。早乙女様に免じてこの場は見逃しますが、次に同じ事をしたらどうなっても知りませんよ?」

「ひ、ひぃ!!」


 睨みを利かせたシルフィーナさんがそう言うと、男は短く恐怖に満ちた声を上げて教室を走り出て行った。

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